文化講座
【個人賠償責任保険】―その2
個人賠償責任保険の必要性について、8月号で取り上げましたが、今回は、さらに絞って認知症患者が起こした事故に対する介護者の賠償責任について確認していきます。
2007年愛知県大府市で、認知症の男性が線路内に入って列車にはねられた事件をご記憶の方は多いかと思います。JR東海は、男性の遺族に対して賠償金を求めましたが、裁判では、家族の生活状況や介護状態などから賠償責任なしとの判決がおりました。
民法では、認知症や精神疾患を抱える人は「責任無能力者」とされ、事故などで損害を与えても賠償責任は発生しません。しかし、代わりにその家族などが「監督義務者」として、損害賠償を求められるケースがあります。今回の事故では、家族への損害賠償請求はありませんでしたが、状況によっては、支払義務が発生することも起こり得ます。
認知症患者を介護されている方々にとっては、日々の介護だけでも大変なのに、その上、損害賠償責任まで負わされることになれば、さらに負担を強いることになります。
そんな不慮の事故に備えるにはどうしたらいいでしょうか?
この事件をきっかけに、一部の損害保険会社では、個人賠償責任保険の内容を改定し、被保険者(補償の対象になる人)の範囲を広げました。具体的には、賠償事故を起こした被保険者が重度の認知症など「責任無能力者」の場合に、その人の監督義務を負う親族や後見人を、同居・別居を問わず被保険者に追加したのです。このような保険であれば、損害を与えた本人と別生計、別居であっても「監督義務者」であれば、補償の対象となります。細かい補償内容については、各保険会社の約款によって違いますので、事前に確認が必要です。たとえば、列車事故の場合、車両が破損したり乗客がケガした場合は補償の対象になりますが、列車を遅らせただけの遅延損害については、支払われないことがあります。また慣れない交渉を行ってもらえる示談交渉サービスの有無なども事前に確認しておくことも大切です。
以上は認知症の高齢者が他に損害を及ぼしてしまうケースです。
しかし、逆に認知症であるがために、他から損害を被ることもあります。例えば、判断能力がないにも関わらず、高額な売買契約を結んでしまう場合などです。このような場合、あらかじめ成年後見制度を利用していると契約を取り消すことができる可能性があります。成年後見制度とは、認知症などで判断能力が衰えた人を支援し、財産侵害から守るものですので、このような制度の利用も一つの方法です。
厚生労働省によると、現在日本の認知症患者数は2012年時点で約462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人と推計されていますが、2025年には5人に1人になると試算しています。
ますます進む高齢社会に向け、誰にでも起こり得ることとして真剣に対策を考えていきましょう。
宮田 かよ子
ファイナンシャルプランナー(CFP®)
株式会社家計の総合相談センター