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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

浜木綿の重ねの理美


図版[I]


図版[II]
 夏の季に入り、青き海原に優雅に群れ咲き匂う浜木綿はまゆうの花を観することができます。
 浜木綿は、真白な細長い六弁の花を十輪ほど咲かせ、その姿がまさに木綿ゆふに似ていることから銘せられ、その「木綿」とは、こうぞの皮でつくられた白い繊維で、祭礼の折りに榊にけられるぬさに似ていることに因みます。
 そして、緑々とした幅広の葉の姿が万年青おもとに似ているところから「浜万年青はまおもと」の名でも親しまれ、さらに、群生している雄大な姿が芭蕉ばしょうの葉の趣を感じさせることから「浜芭蕉はまばしょう」と呼称されております。
 そんな浜木綿の木綿なる花を図版[I]で、おおらかな葉と花を、手付の牡丹篭に挿け表した作品を図版[II]で参照してください。
 『万葉集』では、柿本人麻呂かきのもとひとまろの歌に
み熊野(くまの)の浦の浜木綿百重(ももへ)なす こころは思(も)へどただに逢(あ)はぬかも
(み熊野の浦の浜木綿のように幾重にも心は恋しく思うが、じかに逢うことができないことよ)と歌われ、ここでの「百重なす」は、まさに浜木綿の木綿幣の如く折り重なり咲く花の姿をして逢いたい人への絶えない思いの深さをうたいあげております。
 そしてこの歌が詠まれた紀州・熊野の太平洋に面した海は、古代より神が影向ようごう(神の来迎)する地域であり、そこに群れ咲く浜木綿の花を高らかに歌い挙げることによって、神の力を得ながら逢瀬を成就させようとしたことが伺い知れます。
 集中での浜木綿の歌はこの一首のみで、他の歌の中に「心には千重ちえにも百重に思へれど人目をおおいもに逢はぬかも」と、この歌からも逢瀬への切望感の高なりが滞い、日本人特有の「重ねの理美」とも言えます。
 こうした神的なことから、浜木綿の葉表に恋しい人の名を書き、枕の下に敷いて寝ると、必ず恋しい人が夢に出てくるとしたことが、後の歌から拾い出すことができます。
 どうか、この夏の季には、大海原を訪れては神聖なる浜木綿を観し、花や葉に向かって恋などの願いを千重にも百重にも高らかに重ね発して、願いを成就させてみてください。
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