冬の季に入り、野から山森を訪れますと、緑々とした葉を有する石櫧の木には、まだ可愛らしきどんぐりを観することがあります。
この石櫧の木を『万葉集』では長歌として詠まれており、題名として「乞食者が詠ふ二首」と題されており、その前歌として
(お懐かしい皆さまがたよ、じっとしていて、さてどこかへ行くとては、......この片山に 二本立つ櫟の木の本に、梓弓を八本脇挟み、ひめ鏑を八本脇挟みて鹿を待って、年老いたわたしの身一つで、七重に花が咲く、八重に花が咲くと、申し上げほめてください。)と詠われており、この歌に題されし「乞食者」とは、家々を回り食を乞いながら、寿歌を唱える芸人のことで、ここではその名をかりての歌であります。そして「石櫧の木」は、往昔より、その石櫧の木立は、狩猟で集まるための格好な場所の標木とされており、その木下にて、八本の矢と弓を携えることにより、言祝ぎに通じると意して詠われたものであります。
この石櫧は、ブナ科の常緑の大高木であり、互生する葉は本草図譜の図においても細長く、その裏面が黄褐色となるのが特色であります。
図版[I]
図版[Ⅱ]
その石櫧を江戸時代の『本草図譜』にては、「いちいがし、細葉あかがしに似て
鋸歯深く、実もかしに似て円し」と記され、その図を、図版[I]にて参照してみて下さい。そして、挿花として、図版[Ⅱ]にて新羅筒形壺を花入として、石櫧に
紅花と
高野箒を出合せて、軽ろやかに
挿け表わしてます。
そして、さらに、石櫧の異名として「いちがし」、古名として「
一比乃木」、別名として「
櫟木、
莔麻、
莔麻、
櫓樫、
犬樫」と称されており、食用としては、秋に熟す果実は「どんぐり」と称して食用となり、小生は子供の頃には時折り食してました。
さて、この秋季が終える冬季に自然の山林に出掛けて、名残の「石櫧の実」と出合いを望してます。