図版[I]
秋の夜長、虫の声が心地よく流れ響く季、小鳥のさえずる山を登り散策しておりますと、生い茂る笹林から
木漏れ日を浴びて、白く輝き咲き誇っている
朮の花に、運よく出逢えると本当に嬉しいものです。
日本で最初の植物図鑑『本草図譜(図版[I])』には、「
白朮」「
蒼朮」「をけら」とあり、花色も白色のものや淡い赤味のものもあるが、いずれもおけらと総称すると解説してあります。
万葉集では、朮の歌は三首詠まれていますが、その中の一首として
「武蔵野に咲く宇家良の花のように、顔色に出して人目に立つようなことをしないで下さいね」という歌意です。
そして二首目には、
「
安斉可潟(所在未詳)の
潮の
満ち
干のように、ゆったりと思っていたら、恋しい気持ちを、宇家良の花のように、顔に表わしたりしないでしょうね」という淡い恋心を歌われています。
二首とも巻十四の東歌に所収されている。
宇家良は、
朮の古名です。
キク科の多年草で、茎丈は、四十センチから、一メートル位です。秋に
薊に似た白花あるいは、薄紅色の糸状の花を咲かせ、葉には
棘があり、万葉花の
高野箒に姿や、自生する場所、時期がよく似ていますが、よく観察するとその違いが一目でわかります。
また朮の花は、決して目立つものではなく、地味な趣でありますが、その顔に出す微妙な色具合をも、歌に想いを入れて詠まれています。
若芽は、食用とし、根茎は薬用とし漢方で言う
白朮、
蒼朮がこれで球根を乾燥させて煎服すると、
健胃、
整腸、
利尿、
鎮痛の効があると言われ、また白木をいぶすと独特の芳香を放ち、煙で虫除け効果もあるようです。又、お正月の
御屠蘇の原料にもなります。
なお京都の八坂神社では、大晦日から元旦にかけて行う神事に、朮祭(白朮祭)があり、朮を火で焚いて、その煙のなびく方角で、
豊凶を占った。参拝者は、それを火縄に移して持ち帰り、元旦の雑煮を煮て、神棚の灯明に火を
灯して、一年の無病息災を祈るこの習俗は、行事化して、今に伝えられています。
朮の花が茶席に用いられたのは江戸期からです。
この作品(図版[II])は、仙味のある花容から時代
瓢箪徳利の花入れに朮と
薄の穂を添え生け表しました。
図版[II]