冬を迎へてのこの季、街角にて出会う人の会話から「厚めの蕪はとても美味しかった」との声が聞かれ、まさしく、この季ならではの食べものであると感じとることが出来ます。
この美味の蕪は、奈良時代の『万葉集』では「蔓菁」と称されて一首詠まれており、「長忌寸意吉麻呂」の歌に、
(食事の時に敷く薦を敷いて、蕪を煮て持ってきなさい。家の梁に行縢をかけて、休んでおられる、この君のところに)と歌われ、「食薦」は(神祭のときなどに、神膳、机の下に敷く薦の敷物のこと)で、「梁」は(家の柱上に渡してある横木のこと)で、それに「行縢」は(鹿などの毛皮で作った腰から脚にかけて被うもの)を掛けて、宴会の折りに、休息する武官の元へ、おいしい蕪の煮物を持って来て差し上げなさいと、心をこめて詠じられております。
この蕪の古名の字には、「蔓菁」に「菁菜」の字が用いられております。そして、平安時代の『和名抄』には「蔓菁根、阿乎奈、加布良」と銘されており、漢名では「蕪菁、蔓菁、蔓菁菜、四時菜、芴菁、冥菁」と称されており、そして我国の別名としては「菁、菘、鈴菜、蔓菁、蕪菜、蕪大根」また処によっては「菜葉嫁大根」とも呼ばれ、このうちの「蔓菁」は、緑葉野菜での総称名であり「蕪」が代表であります。
図版[I]
そうした蕪の姿美が描かれた江戸時代の『
本草図譜』には、「
蕪菁、かぶらな、かぶ」とあり、絵図には三点の蕪が絵かれており、右から「
天王寺かぶ、すわりかぶ(
蓮花白)、あふみかぶ(
九英蔓菁)」の大中小の蕪絵が爽やかと清らかに絵かれており図版[I]で参照して見て下さい。
図版[II]
そして、さらに三重県の桑名の名品としての桑名
蕪漆盆に、可愛らしい二つの蕪に里芋と秋の
嫁菜の花を出合せた
盛物式の
挿花を、図版[II]で参照して見て下さい。
どうぞ、この季には秋の菜物に合せて蕪を煮合せて、あふれる甘味を食して心を高めて、冬季を過ごして見て下さい。