秋の季、野辺から森に歩み進みし折り、河原の水辺あたりに入ると、白き穂の佇む荻の穂花と出合うことがあり、その白き穂花は薄とは異なり、とても凛とした姿で佇み咲き、とき折り秋風に揺らぐ穂花の優美なる姿を感することがあります。
図版[I]
その白穂の絵図を、日本最初の植物図鑑の『
本草図譜』を図版[I]にてご覧頂き、「
荻、うみかや」と表され、さらに「をぎなり、
水邉に生ず。根は竹に似て細く、土中に
延苗葉は
芒すすきに似て、高さ四五尺
幹圓扁して
實し、
但小孔あり、
秋月穂を生じて、又
芒の如く
肥大初紅紫色、
後白色に
変ず」と記され、その図から穂花の白色の美しさが
漂い観せます。
この
荻は『万葉集』にても「おぎ」と称されて三首詠まれており、秋風に佇む荻の姿美として「秋の雑歌」として、
(葦辺に生える荻の葉が
葦とともに風にそよぎ、空には
雁が鳴いて北から南へと渡り通る)と、秋風に乗って雁の声が高らかに聞こえて来たらしいと詠ぜられております。
そして、さらにもう一首の風に出合せての歌として、「
碁檀越の
伊勢国に
往きし時に、
留れる
妻の作れる歌一首」
(伊勢の浜辺の荻を折り
伏せて、
旅寝していることだろうか、荒々しい浜べに)と、荻の生ふる伊勢の美しき浜辺を重して詠ぜられております。
以上の二首の荻の秋風に
漂よい
靡く姿美を歌われており、この秋風から別名としても「
風聞草、
風引草、
風持草」と称され、そして、この風の吹き
漂う
感覚からの異名として「
寝覚草、
目覚草」とあり、そのことからの意行感から「
文見草」と称し、またその穂が風で揺れたるダイナミックな姿から「
男草」に「
露岩草、
海萱、
問草」と、そして、さらにその花穂の生長の美感から「
乎岐、
乎疑、
乎支、
乎木」の字が当てられ、荻の穂美の掛声の高さを感じとることができます。
その花穂と細き葉の風にて
撓む姿から多種の異名がつけられており、『万葉集』以外の『新古今和歌集』や『源氏物語』などにも登場をみます。
そんな
凛とした荻の大らかなる穂を、平安時代の
須恵器の上下に
凛と
挿け、さらに可憐秋季の
萩の花を出合せて挿け上げてます。[図版II]の花を参照して見て下さい。
図版[II]
どうぞ、この季には野辺や丘や山地のわずかなる湿地帯にて、さわやかに生えたる荻に、ときおりの秋風に撓み靡く穂花を観しては「をぎ、おぎ...」と声を掛けて、その穂の美観を味わって見て下さい。