晩秋の季、神奈月を終えて神有月の頃には神社の境内でも、紅葉した葉が散りかけたる光景を観することによって、次なる神森の影向を祈願させてもらうこと心するのです。
その神の杜にて、神木として「欅」においても紅葉し、ときとしてはらはらはらと黄色と化した葉の散ることを観することがあります。
この欅の木の万葉名は「槻」と呼称され、この季の歌としの長歌に
(大雷の鳴り轟く空の九月頃の―――池の堤の(百足らず)神聖な槻の木の枝に、瑞々しく色づいた秋の紅葉を、手首に巻いて小鈴をゆらし鳴らす)と詠われており、「百足らず」は、次の「斎」の枕詞であります。
図版[I]
そんな赤葉の美しき欅を、江戸時代の朱に黒の漆ぬりの捏鉢に下草花として篠笹に嫁菜を出会せての槻の紅葉を挿花した花を図版[I]で参照して見て下さい。
図版[II]
そして、自然の紅葉しはじめた欅の美姿の景観の写真を図版[II]で合せて参照して見て下さい。
この槻は、往昔より神聖な木であり奈良時代の『古事記』には「
都久由美(槻弓)」と記され、さらに『
風土記』には「
陸奥國風土記に
曰はく」「
日本武の
尊、
槻弓槻矢を
執らしたまひて
七発に
発ち、
八発に
発ちたまひけり。」と記され、欅の木の弓にて
射ることにて、願望が
成就されるとされておりました。
その槻弓・欅の木の枝は柔らかなる
撓みをもち、木肌も美しいことから往昔より神なる弓の材として尊ばれ、奈良の正倉院には24
張の槻弓が保存されております。
この欅の木の神木を尊する思ひとしての『万葉集』の次の歌では
(天飛ぶや軽の
社の神木の槻の木のように幾世までもこうして隠り妻でいるのか)と、人には
触れさせない大切な神木を、
年久しく人目を
避けて過ごすこととし、「隠り妻」は人目につかぬように室に籠りきりになっている妻を、神聖なる神木に比喩させての「
古今相聞往来歌類の上の問答歌」と記されております。
どうぞ、神無月を終へて神有月を迎へ、神様は地元の神社にお戻りになられます。欅の神木に柏手を打ち合せて、この季の幸を得て下さい。
「御大典奉祝花展―令和をいろどる」熱田神宮会館北館
令和元年10月5日(土曜日)・6日(日曜日)
庄司 信洲