夏の気配が感じられる季、野辺や林には緑々にと繁った草木とたわわに出遇い、その中にめずらしく桑の葉を観することがあります。
その桑の葉と葉の間の細き枝には、この6・7月ごろの暖かき月の緑々と繁る葉脇から、橙から赤みの微小なる実を感することもあります。
図版[I]
その青葉と赤みの季に、桑の生えたる山林を訪れて、地主の人の
許しを得て手折らせて頂き、さっそく古民芸の大
籠に、この季の花香の高き笹百合を出合せて
挿け表わした作品を、図版[I]で参照して頂き、さらに、その葉の姿と実の鮮明なる図版を、日本の最初の植物図鑑(江戸時代中期)の『本草図譜』を図版[II]で観して見て下さい。
図版[II]
そして、『万葉集』にての桑の歌は二首詠まれており、その一首として、『
東歌』としての作者
未詳の歌で、
(筑波山の新しく
萌え出た桑の葉で飼った蚕でつくった着物はあるけれども、あなたのお召しになっている着物がむしょうに着とうございます。)と詠われており、この歌の歌意としては「相手の着物を着たいということは、自分の恋を受け入れて欲しいと念じての心歌」であります。
そして、さらなる桑の一首として、作者未詳で「木に寄する」と題されし歌として、
(「たらちね」は母の枕詞であり、母の仕事の桑でさえ、願えば衣に着られるというのに)と、「心から願望すれば、何事でも思いどおりになることから、かわらぬ恋でも願い一つで、いつかは実のることである」と、恋心が
切切と詠われております。
こうした桑の名前は、「
食葉」「
蚕葉」の転訛したものとされ、古くからこの実は食用として愛され、さらに樹皮は
染材や製紙の原料となり、その樹皮を煎服することにより「
利尿剤、
鎮痛剤、
喘息、
肺結核」などの病に効があるとされております。そして、さらに桑材としては家具などに用いられており、「
桑弓・
桑弧(桑の木の弓)」「
桑輪(桑の木を
揉めて作った車輪)」「
桑皮紙(桑の皮で作った紙)」。さらに桑の
熟語として「
桑虫之喜(男女の
不義の楽しみ)」とも称されております。
『本草図譜』には「桑」の種類として、「山桑(まくわ、まるはくわ)」「ごぼうくわ(高助くわ、
魯桑)」「あさみくわ(ささくは)」そして細葉の「いとくわ」さらに葉の幅広の「むらさきくわ(あかぎ)」「もみしくわ」が
載せられています。
さて、この初夏を迎え木々の葉が緑々と
繁り始める頃、山林へ訪れては草木の中から桑の若葉と
可憐なる花を咲かせたる桑の美を観してみて下さい。