秋の紅葉を迎える季、山里に可愛らしい嫁菜が咲き薫る小径を登り行くと、細葉の赤く色づきはじめた山櫨の木を観することができます。山櫨は、「山黄櫨、黄櫨、櫨、負木」とも称され、さらにウルシ科の落葉高木であるところから、「薮漆、山漆、鬼漆」とも呼称されております。
そして『古事記』には「天之波自弓」と称され、さらに『日本書紀』には「天梔弓」の字が当てられ、飛鳥・奈良の往昔では、弓の材料として重されて、その両者の「天」即ち「神」と縁しのある神聖なる弓材であったことがその名から窺い知れ、さらに『万葉集』でも、神の御代として縁りの深い弓の長歌が、「族を喩す歌一首」と題し、大伴家持は、
と、(わが大伴氏は、天の戸を開き、高千穂の岳に天降られた、天孫の神の御代から、大伴連の祖の天忍日命が天津久米命と二人で、この波自弓と真鹿児矢を持って、ご先導を申しあげた名誉ある清き名であるので、祖先の名を絶ってはならない)と詠ぜられたのが、この長歌の大意であります。
この歌での「波自由美=波自弓」は、神代の昔から天皇を助けて武功のあった名家としての大伴氏の象徴であったこととして詠まれており、とりわけこの山櫨を素材としたものは上質な弓として崇められていたのです。そして、さらに、歌中の「皇祖の神の御代より」を解すると、天照大神と縁り深き「瓊瓊杵尊」を指し「瓊」は美しい玉の意から、この尊は美しく輝いた玉の如くの美男の神であり、その尊が手で握り持たれた弓であることから、その弓で矢を射てばすべての願い事が叶うとされたことなどが窺い知れます。そのことから「族を喩す」と題し、大伴家がいかに素晴らしき家系であったのかを「喩す」、即ちあきらかに歌いあげたのです。
分類 ウルシ科の落葉高木
花材 山櫨、嫁菜
花器 コスタリカ三脚土器(紀元十世紀ごろ)
そんな、天の弓材となる山櫨の赤く色付き
四方に葉を広げたものに、嫁菜の花を出会せて、紀元10世紀頃のコスタ・リカの凛とした三脚土器に挿花した作品を参照して見て下さい。
どうぞこの季に、山里などを訪れては美しく照り輝く山櫨を観しては、「ひさかたの 天の門開き 高千穂の― 波自由美―」と声高らかに歌い、願い事を成就させてみて下さい。