神無月がすぎ霜月の季、近くの檜林を散策すると身体が冷やっとするなかにも、檜＜ひのき＞の香りがとても心地よく感じられます。
　檜は、日本の特産樹であり、その香りに合わせて木目が美しく凛と佇むことから、古くから建築材や仏像材の幅広い部野で愛されてきております。
　『日本書紀』の「神代の上」に「 一書＜あるふみ＞に曰＜い＞はく、素戔鳴尊＜すさのをのみこと＞の曰＜のたま＞はく...又胸毛＜またむねのけ＞を抜＜ぬ＞き散＜あか＞つ。是＜これ＞檜と成る...檜は以＜も＞って瑞宮＜みづのみや＞を爲＜つく＞るべき材＜き＞とす可＜べ＞し」と記されており、とりわけ本年は伊勢神宮の式年遷宮があり、その檜で「瑞宮」立派な新正殿が築かれたのです。
　『万葉集』で用材として歌われたものに

（斧を取って、丹生＜にゆう＞の檜山の木を伐り出して来て筏に作り、左右に楫＜かぢ＞を取りつけて）と詠まれております。
　そんな檜は、神の樹として崇められていたことが、次の柿本人麻呂の歌集の一首の中に、

（鳴る神の噂にだけ聞いていた、この巻向きの檜原の山を、やっとの思いで今日見ることができたよ）と、神聖なる巻向の檜林の山には「鳴る神」即ち雷を神格化して鑑＜み＞てとり、その檜林に鳴り響によって神の影向＜ようごう＞（来迎）の高さを感じ取りながら詠じられております。
　その神の樹を身近なものとして、柿本人麻呂の歌集では「葉を詠＜よ＞む」と題し、

（昔いた人々も私のように、三輪の檜の葉を手折って挿頭にしたことであろうか）と歌っております。この「挿頭」とは、神聖な草木の生命力を感得し、合わせて神の力も授かり得て願い事を成就させていたのです。
　そうした檜の葉を辰砂＜しんしゃ＞釉の下蕪＜しもかぶら＞形花入に懸＜か＞け下げて挿け表した作品[I]と、いけばなの古書の烏帽子籠＜えぼしかご＞に小菊を出合わせて挿けられた作品を図版[II]で参照して見て下さい。
　どうぞ、この晩秋から初冬の季に、檜林を散策し、神聖な佇みと芳香を感じては、瑞々しくも爽やかな気を得てみて下さい。