図版[I]
秋の山里の木葉が
櫨て赤く色づくころ、淡い紅色の小さな実を、
撓わむ枝に
懸さげる
檀を観することが出来ます。
その実が熟して裂けた中から朱赤の種子を覗かせた檀の木を図版[I]で参照して見て下さい。
檀は、庭木としても植えられ初夏の頃に淡緑色の小花を咲かせます。万葉時代には「
梓弓」「
櫨弓
」「
槻弓
」に合わせて「檀弓、真弓」と称し、弓材として重要な木であり、とりわけ木肌が白く粘り強いことから好んで用いられていたことから「白真弓」とも呼称されておりました。
『万葉集』では12首のうち6首が「白真弓・白檀」と詠まれており、「弓に
寄する」と題された歌として
(陸奥の国の安達太良の檀に
弦をかけて、こちらに引いたら人が言い騒ぐだろうか)と、ここでの「引かば」は「相手を誘惑する・女を引き寄せる」の比喩で、「言なさむ」は「人がとやかく噂する」の意であり、真弓に弦をつけて引く行為を目にする人たちは、その人に何事か起こり始めたのだろうと言いたてるのです。そして「弓を引く」ことは、恋などの願望を叶えさせるために、弓に弦を掛けるのであり、その行為を観する他人は何かを察知してざわめきはじめると、この歌では詠じられているのです。
そして、さらに次の歌では、
(南淵の細川山に立つ檀の木を弓にでき上がるまで、人に知られないようにしよう)と、「弓束巻くまで」即ち、左手で握る部分に革や桜の皮を巻きつけて弓を仕立てあげることで、「二人の恋が成就」することを比喩させて詠じられております。
このように「弓を引き」そして「的を射る」行為によって願望成就を叶えさせるものとして、江戸時代まで好んで行われ、今日でもその弓引き所の「矢場」の名が残って居る所があります。
図版[II]
可愛らしい実が懸け下がる檀に、赤く色付いた
山櫨に、秋の名残りの
沢鵯の花を、紫色の耳付ガラス瓶に挿けた作品を、図版[II]で参照して下さい。
そんな檀は、弓材としてではなく、その樹皮から上質の紙を製せられ、その名を「
檀紙(みちのくがみ、まゆがみ)」と称し、とりわけ神聖な書き物の折りに用いられたとされております。
どうぞ、この紅葉が色付き始める季、願い事を引き寄せて成就させることに比喩させて、檀の枝にて弓を引くが如くに
撓め、曲をもたせて、願を叶えてみてはと思います。