師走に入って13日目は、正月を迎えるための準備が始まる事始
の日です。古より正月初の卯の日の飾りものとして「
日陰蔓卯杖」があります。
この飾りは、桃か柳の杖に日陰蔓を長く懸け垂らし、両脇に藪柑子(万葉名山橘
)の実と
藪蘭(万葉名山菅)を添え、さらに楮の繊維で作った白布(万葉名木綿
)を懸けて、その頭を鳥の子紙で松葉重または紅梅重で包んだものです。その卯杖飾りがいけばなの古書から拾い出せます。図版を参照してください。

『生花早満奈飛』5編
天保6年(1835)
そもそも日陰蔓を用いる縁は、『古事記』に「天照大神が天の岩屋戸に隠れ、この世が暗くなり、
天宇受売命が日陰蔓を
襷に懸けて乱舞すると、岩屋戸から神が出られ、再びこの世は明るくなった」ことに因み、正月飾りとして大切にされて来たのです。
その日陰蔓を『万葉集』では、
(玉串を立てて神酒を捧げまつる神官たちの日陰の蔓を見ると心がひかれる)と歌い、ここでの「神酒」とは奈良の桜井の酒の神(
酒林)でもよく知られる大神神社(三輪神社)を指し、その拝殿に酒を奉ずるときの神官たちの頭上に結び飾る日陰蔓の髻華は、見れば見るほど神々しいものと詠じられております。
そんな日陰蔓は、林などに這い伸びる様や唐草文のように渦巻く姿などをもって、吉凶を占ったりする呪術性を秘めた植物として重されているのです。
そして、山橘の歌では大伴家持が
(この雪がまだ消え残っている間に、山橘の赤い実が照り輝いている姿を見に行こう)と歌い、葉下陰に小さな赤い実を垂れ下げ、雪が降ると、実に雪がかからないよう葉が頭上に被って守るのです。そうした雪を頂いた葉下陰の赤実の輝く姿は、とても清らかであり、万葉人たちはその清らかな輝きを吉祥の兆しとして観しことのほか愛し
賞でたのです。この歌からは往時の臨場感が漂って来ます。
この師走、ぜひとも日陰蔓や山橘を山里で賞で楽しみ、縁あらば日陰蔓卯杖飾りを床か柱などに懸けて、吉祥の訪れを体感して見ては如何でしょうか。