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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

梓の理美


図版[I]

図版[II]

図版[III]

図版[IV]

 夏の季に入り、涼しさを求めて緑々たる樹林の小径を散策していると、時折りおそ咲きの淡い褐色の花房をけ咲くはんの木やあづさの木と出合うことがあります。
 梓の木の別名として「ぐそみねばりみずめおおみねばり」と称されており、初夏の頃に黄褐色の雄花が懸け咲き、その後には可愛いいが状の果実穂を付けます。その花と毬果実の姿絵を図版[I]で参照して見て下さい。
 『万葉集』で「梓」は32首と多く歌われており、すべて「あづさゆみ」と詠まれ、すべての歌からは恋心などを成就させるために大切な木であったことが伺い知れます。
 そして、往昔では弓の弦を引くことは、まとを射落すために弦を引いたりゆるめたりしながら、その的を射落すことが叶うように強き心をもって行うのです。その歌として、「物に寄せて思ひをぶる歌」のうちの一首で、
梓弓引【ひ】きみ緩【ゆる】へみ思ひ見てすでに心は寄りにしものを(作者未詳)
(梓の木で作った弓を引いたり緩めたりするように、いろいろ思いわずらっているうちに、心はもうすっかりあなたに寄り添ってしまったことよ)と歌われております。この歌は「そうもん(恋)の歌」として所収され、この歌の奥には恋心のゆくえが、今さら恋の苦しさから脱け出せないことを、弓を引いたり緩めたりすることを繰返すことで、その恋心の深まりゆくことが切々と詠ぜられているのです。そして、馬上より弓を力強く引いての「しらたか狩」をする江戸時代の絵を、図版[II]で参照して見て下さい。
 そして、次の歌では、その弓のつるの音の歌として、「うなかみのおほきみこたまつる歌一首(きのむすめな)」と題され、
梓弓爪【つま】引【び】く夜【よ】音【おと】の遠【とほ】音【おと】にも君が御【み】幸【ゆき】を聞【き】かくし良【よ】しも
(梓弓を爪き鳴らす夜中のつるの音のようにはるか遠くにでも、大君のお出ましのことを、聞くのは嬉しいことです)と、とおであっても心中からの爪弾きされてひびきわたってくることへの感動のただよいが詠われております。
 この爪弾く「梓弓爪引く夜音」は、神霊な招きを得て悪鬼を退ける呪力があることと信じ伝えられております。
 梓は「引く、末、音、弦」などにかかる枕詞であります。そして、往昔での神社では、巫女が神霊を呼び寄せるために弓の弦を鳴らしていたとされ、その巫女を梓巫女と呼称していたとされ、そうした縁り弓として、名古屋の熱田神宮の宝物館には、室町時代の重要文化財の梓弓が保存されております。その弓の図を図版[III]で参照して見て下さい。
 こうした縁の爪弾きの行為は、今日でも宮中では警固のためにえいさんたちが魔除けのために、弓の弦を鳴らすことが伝えられているとされております。
 その梓の木を古き四方の尊式銅瓶に、葉面を表向きに立て、この季の花の桔梗を出合せてけ表わした作品を図版[IV]で参照して見て下さい。
 どうぞ、この季、弓の無き人は、身近な枝を手折りて手造りの弓を作って引きみ緩しみて、各自の願望を成就させて見て下さい。

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