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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

桧扇(ひおうぎ)の理美



図版[1]
『生花早満奈飛』7編
嘉永4年(1851)




図版[2]

 梅雨入りのころ、さまざまな山野草の中に扇の如く葉を広げ、中央から花茎を伸ばして黄橙色の花を咲かせる桧扇(射干ひおうぎ)を観することが出来ます。
 『万葉集』では、花ではなく実を「烏羽玉ぬばたま」と呼称して愛し、花の散ったあと実殻をふくらませて、秋に入る頃に殻を破って漆黒色の小さな房実を輝かせます。往時は、物事を成就させるための大切な実として重され、80首と多く詠まれたことからも窺い知れます。
 その烏羽玉を娘子をとめは贈答歌として
我が背子<せこ>がかく恋<こ>ふれこそ夜干玉<ぬばたま>の夢<いめ>に見えつつ寝<い>ねらえずけれ
(あなたがこんなに恋しく思ってくださるので、夢の中でお姿がずっと見え、私は眠られなかったのです)と詠っております。
 この「烏羽玉」は「黒、黒髪、夕、夜、夢」など黒に縁りのあるものの枕詞であり、黒は影向ようごうの色で神を招き寄せる意を持つことから、ここでは、その神のお蔭を得て、闇夜の夢にて逢瀬が叶えられたことへの喜びを詠じております。
 その影向の意から、日本の三大祭りの一つである「祗園祭」が近づくと、京の家々では桧扇の花を生け飾り、祭りの無事を祈願します。7月17日の山鉾巡行の折には、二人の音頭取おんどとりが、扇を表裏と返して鉾を進めます。その扇からは清らかさと進行の力強さを感じさせてくれます。
 祗園祭に縁りの桧扇をいけたものが古書から拾い出せ、寿老人の銘をもつ掛け花入れに上下に振り咲く桧扇をけ表わしています。(図版[1]参照)
 次に、烏羽玉に七夕の想いを入れた歌に
天の川瀬<せ>を速<はや>みかも鳥珠<ぬばたま>の夜はふけにつつ逢<あ>はぬ彦星 (作者未詳)
(天の川の瀬が速いからかなあ、夜はふけてゆくのに、織女に逢えぬ彦星よ)と、本来的には恋の逢瀬が成就するはずであるのに、それが叶わぬことへのもどかしさを詠い挙げています。そして、ここでの「烏珠」は、天神から命をうけて恋を成就させることの助手すけてである烏鵲うじゃく(かささぎ)を意してのものと思われます。
 その烏羽玉を七夕に縁りのある桔梗ききょうすすきを、黒漆器に出合せてけ表わした作品(図版[2])を参照してください。
 どうか、今年の夏祭りには桧扇の花をけて清め、さらに秋祭りには烏羽玉の実を愛して挿け、願い事を成就させてみて下さい。
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