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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

影向の桜の花見

春の木の花といえば桜、国民のすべての人がその開花を待ちこがれ、日本の国花でもあります。

そして「 の花」とは、桜の異称であり、稲霊の神の后である 木花開耶姫 このはなのさくやびめ に由来し、桜花の開落は稲作の吉凶の占いでもあり、その他にも様々な願い事が占われて来ました。

このことから 影向 ようごう (神を迎へる)の木として重され、その桜に縁の「花鎮め」の祭りは、全国の至るところで行われております。

その桜の開花の広さを、 若宮年魚麻呂 わかみやのあゆまろ の長歌に、

...国のはたてに 咲きにける桜の花の丹穂日(にほひ)はもあなに

(国の隅々まで咲いている。その花の輝き匂う美しさは、なんと素晴らしいことよ)と詠われ、日本の広い地域で愛で親しまれていたことが伺い知れます。
 そんな桜が満開となると、神が影向することを意した歌として、 鴨君足人 かものきみたるひと の長歌には、

天降(あも)りつく神(かみ)の香具山(かぐやま)打靡(うちなびく春さり来れば 桜花木暗茂(このくれしげ)に...

(天から降ってきたという神聖な香具山には、春ともなれば、桜花の木陰が暗くなるほどに茂り咲く)と詠われています。

この「木暗茂」とは、満開になった桜に太陽が照りつけると、桜花の輝きで太陽の光は戻されてしまい、あたりが暗くなることを指し、また神的には、その桜花の下がうす暗く陰となり、そこに神が影向すると解するのです。

そのことから花見の時は、桜花の下陰に入って、まずは酒盃を、次に団子を捧げて影向の神様に食べてもらい、願い事を申すのです。これが本来の花見の大切な事なのです。

そして、桜の寿命はおおよそ50年とされ、30年を経たものは幹も太く、樹皮も黒色と化していきます。そして50年近くなると幹の内部が ちて黒皮だけの状態と化して行き、その姿を「桜の洞」と呼称したりし、また、雨に濡れた皮は暗黒色となり、一層の影向感を漂わせます。


[図版1]
「環の糸」年代未詳


[図版2]
「千筋の香」明和5年(1768)
(奈良時代の僧・行基ぎょうきの瓶に
抛挿
なげいけ
られた道安どうあん桜)

そんな桜の皮を万葉時代には「 桜皮 かには 」と呼称し、往時はその桜皮で鹿の骨などを焼いて、吉凶を占うとした大切なものであったのです。
 伝統いけばなの本から、葉桜での「洞いけ」が拾い出せます。[図版1]参照。
 この春も偽らないで花見をしたいと願って「三月三日の宴」で 大伴家持 おおとものやかもち は、

今日のためと 思いて標(し)めし あしひきの 峰の上の桜 かく咲きにけり

と詠っております。
 今年も3月に入り、桜の開花の便りが聞かれます。この春の花見には、桜の木の下陰で神の影向をうけて願望を成就させて見て下さい。

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