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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

沢鵯「沢蘭」

 野山では、秋蝉つくつくぼうしが鳴き、夏の終りを感じながら歩いていると、湿地帯の草木の中から、沢鵯さわひよどりの花が涼しげに可愛らしく咲き微笑んでいる姿を観ると思わず立ち止まり魅入ってしまいます。
この里は継【つ】ぎて霜【しも】や置【お】く夏の野に 我が見し草はもみちたりけり 巻十九  この孝謙天皇かうけんてんおうさまの一首の中に花の名が具体的にみこまれていないが、以下の序文によって、「わがくさ」は、「沢蘭さはあららぎ」である事がわかります。
 さらに「天皇、太后、共に大納言の藤原家にいでまし日に、黄葉もみちせる沢蘭さはあららぎ一株ひともとを抜きとりて、内侍佐佐貴山君ないしささきのやまのきみに持たしめ、大納言藤原卿と陪従ばいじゅう(おともすること)の大夫等とに遣賜たまへる御歌みうた一首」がその序文です。その事から、この歌の「我が見し草」は、沢蘭さはあららぎ沢鵯さわひよどり)である事が判ります。
 この一首の意味は、「この里が一年じゅうの霜が降るのだろうか。夏の野で見かけて抜きとった「沢蘭さわあららぎ」は、葉がもう色づいていた」という意味で、夏にも早く黄葉こうようした「沢蘭さはあららぎ」を賞翫しょうかんした歌だが、この花は秋草であるため「もみじたりけり」は病葉わくらばとも観られる。しかし渓谷に生える草で、その年がたまたま冷夏であれば、夏の黄葉こうようも十分考えられる。
 この歌では、その沢蘭さはあららぎを称される尊い沢鵯さわひよどりが、霜のために色づけてしまったと、案じてうたっている。


図版[1]
 『本草図譜(図版1)』には、「澤蘭たくらん」「さはあららぎ」「花は蘭草らんそうに以て白色」と記され、紫色系のものも描かれている。
 沢蘭さはあららぎ沢鵯さわひよどり)は、古くから薬用とされ「解毒げどく鎮咳ちんかい去痰きょたん、降圧作用」があり気管支炎、高血圧症等の治療に用いられた。
 沢鵯はキク科の多年草で、秋、藤桍ふじばかまによく以た花が咲くと「花色は淡色紅紫」または、「白」色、ひよどりが舞いくるころ花を咲かせるので花名がある。近縁きんえん種に鵯花ひよどりばな山鵯やまひよどりがある。
 鵯花と藤袴の違いとして、藤袴は、対生する葉が三裂さんれつすることと、花が強い芳香を放つことなどで、沢鵯と見わけられる。なおこの種類には、三葉鵯みつばひよどり四葉鵯よつばひよどり車葉鵯くるまばひよどり)の別がある。
 古くは薬用とされていた為か、花が藤袴によく以るためか、これまで茶席には用いられなかった。現代では、茶花に最も相応ふさわしい花とされています。

図版[2]
 この作品(図版2)は、ひよどりにちなんで鳥のを感じさせる、時代小籠じだいこかご沢鵯さわひよどり桔梗ききょうを添え、茶花として楽しんで生けあげたものです。

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