野山では、秋蝉が鳴き、夏の終りを感じながら歩いていると、湿地帯の草木の中から、沢鵯の花が涼しげに可愛らしく咲き微笑んでいる姿を観ると思わず立ち止まり魅入ってしまいます。
この孝謙天皇さまの一首の中に花の名が具体的に詠みこまれていないが、以下の序文によって、「わが見し草」は、「沢蘭」である事がわかります。
さらに「天皇、太后、共に大納言の藤原家に幸し日に、黄葉せる沢蘭一株を抜きとりて、内侍佐佐貴山君に持たしめ、大納言藤原卿と陪従(おともすること)の大夫等とに遣賜へる御歌一首」がその序文です。その事から、この歌の「我が見し草」は、沢蘭(沢鵯)である事が判ります。
この一首の意味は、「この里が一年じゅうの霜が降るのだろうか。夏の野で見かけて抜きとった「沢蘭」は、葉がもう色づいていた」という意味で、夏にも早く黄葉した「沢蘭」を賞翫した歌だが、この花は秋草であるため「もみじたりけり」は病葉とも観られる。しかし渓谷に生える草で、その年がたまたま冷夏であれば、夏の黄葉も十分考えられる。
この歌では、その沢蘭を称される尊い沢鵯が、霜のために色づけてしまったと、案じてうたっている。
図版[1]
『本草図譜(図版1)』には、「
澤蘭」「さはあららぎ」「花は
蘭草に以て白色」と記され、紫色系のものも描かれている。
沢蘭(
沢鵯)は、古くから薬用とされ「
解毒、
鎮咳、
去痰、降圧作用」があり気管支炎、高血圧症等の治療に用いられた。
沢鵯はキク科の多年草で、秋、
藤桍によく以た花が咲くと「花色は淡色紅紫」または、「白」色、
鵯が舞いくるころ花を咲かせるので花名がある。
近縁種に
鵯花、
山鵯がある。
鵯花と藤袴の違いとして、藤袴は、対生する葉が
三裂することと、花が強い芳香を放つことなどで、沢鵯と見わけられる。なおこの種類には、
三葉鵯、
四葉鵯(
車葉鵯)の別がある。
古くは薬用とされていた為か、花が藤袴によく以るためか、これまで茶席には用いられなかった。現代では、茶花に最も
相応しい花とされています。
図版[2]
この作品(図版2)は、
鵯にちなんで鳥の
巢を感じさせる、
時代小籠に
沢鵯と
桔梗を添え、茶花として楽しんで生けあげたものです。