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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

茜の明るさの美学

 秋季に入り、山野の土手や低木などに延いまとわりながら、白の小花を咲かせるあかねを観することができます。
 茜は、細い根から黄から赤系の染料(茜染あかねぞめ)が取れ、そのことから集中茜の歌13首のうち、8首に「赤根」の字が当てられております。
そして、さらにその赤根を薬草では「茜根せいこん茜草根せいそうこん」と呼称され、「止血・利尿・解熱・通経・強壮」などの効薬としても重されており、そんな茜は、紫などと合わせて「標野しめの(一般人の立ち入りを禁ずる薬園)」に植えられた大切な植物であったのです。

図版[I]


図版[II]
 『万葉集』に、天智てんち天皇が蒲生野がまふの遊猟みかりの折に、額田王ぬかたのおほきみは、
茜さす紫野(むらさきの)行(ゆ)き標野行き野守(のもり)は見ずや君が袖(そで)振る
(茜色を帯びるあの紫野を行き、その禁料野の番人は見ていないでしょうか、あなたが袖を振るのを)と歌い、現在は天皇の寵愛ちょうあいをうけている額田王に対し、先の恋人であり天皇の弟である大海人皇子おほあまのみこに袖を振られ、嬉しさのなかに戸迷いの心を茜と紫に掛けているのです。
 この歌での紫を登場させているのは、紫草も茜と同じく白花であり、白は黒(やみ)に対し「日、昼、照る 紫」などにかかる枕詞であり、人目の多い日中であることの不安感を茜と紫に託して詠じたものです。
 その茜は、茎が細く四角で微小の刺が逆に生え、触れると刺の感触があり、葉は四枚が輪生し、その葉脇から可愛らしい白の小花を密に咲かせます。そんな茜を図[I]で、そして、茜の花色に相応させて白花の 撫子なでしこ を、荒目の横方篭に出合せての挿花作品を図[II]で参照して下さい。
 そして次の歌で、賀茂女王かものおほきみ
大伴(おほとも)の見津(みつ)とは言(い)はじ赤根指(あかねさし)照(て)れる月夜(つくよ)に直(ただ)に逢(あ)へりとも
(大伴の見津のように、あなたを相見たとは言いますまい。茜色のように照りわたる月夜にじかにお逢いしましても)と歌い、この「見津」は難波なにわの国の「三津の港」を指し、「見る」に音通させてのもので、そしてさらに茜の枕詞から、明るく照り輝く月夜の恋の逢瀬を成熟させていながら、逢っていないが如くに戯れて詠いあげております。
 どうぞ、この季には野や林などを散策して茜の花と出会い、その白き花を観しては、暗に対する明るさの栄を感じ取ってみて下さい。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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