秋季、赤松が凜と佇むその樹陰に生々しき松茸を観することがあります。
ただ最近では松茸は、とても高価の食生の木の子であることから、その周辺には綱が張られ、松茸を保有せんとする景と出合うことがありますが、それでもその松茸から放たれる香りを味わい楽しむこともできます。
そうした松茸の香りを楽しむことは『万葉集』でも、「芳を詠める」と題し、
(高松の峰も狭いほどに茸が笠を立てて、秋の香りが一面に満ちあふれていることよ)と、歌われて、その香りのよさは、秋を代表する香りの食菜であったことが、この歌から伺い知れます。
この歌の「芳」と題された字意としては、「芳秀(かんばしくひいでる)、芳姿(美しいすがた)、芳馥(かんばしくよい香)」を含めて「芳美」とも銘し、この歌からその松茸の柔らかなる松傘の姿から、芳しい香を漂よわす木茸であったことから、「秋の香」として詠ぜられたのです。
図版[I]
そうした
芳芝は瑞兆なる神草として尊ばれ、そのゆかりの図として図版[I]を参照して見て下さい。この図の銘は「
百祿長者」と題する文人好みのもので、鶴と鹿と亀の長寿の生きものを伴とした不老人(仙人)に
童が、生命の長として
尊ばれている
霊芝を菓子器にたわわに入れて拝するとした「不老長寿」の言祝をもつ図として描かれております。
松茸は「
多介、松耳」の字が用いられ、また漢名としては「
松蕈、
餹草、
松菌、
松花菌、
松菰」と称され、このうちの松菌の「菌」一字をもっても松茸を意し、「きのこ、くさびら、きくらげ、いわたけ、つちたけ」と称されて江戸時代の『和漢三才圖會』には「
芝栭類」に「
菌茸」と示され「凡そ松茸は、
山城北山之
産、最も佳也。赤松之
陰處、秋雨
濕の
釀す所と
爲りて生ず」と記され、山城は京都の赤松が生する所を示すとされております。
そして平安時代の『
和名抄』にも「菌、
菜羹類、形
蓋に
似る者也、
䓴和名
木乃美、
木耳即ち木菌也、人の耳に似て黒色」と記され、松茸は多様なる意味をもつものと解することができます。
そして、江戸時代の『本草図譜』にては、「木茸・菌」の図としては267種が画かれており、その内の松茸では「
松蕈、まつたけ、
松耳、
松花菌」「九、十月に生ひ味ひ最もよし木茸の中の一也」とあり、さらに産地名を「城州、稲荷山、嵯峨に産する、色白く
香ひ強く味ひ美なり」と記されております。
図版[II]
その松茸を江戸時代の
漆塗の菓子皿に、季の果実である
毬栗に、嫁菜を出合せて、文人好みの盛りもの風に生け表わした作品を図版[II]で参照して見て下さい。
どうぞ、この秋季には、往昔人からの発言での「
芳り松茸
味湿地 食って
甘いは いぼこぐり」を、味わって食香に満足度を高めて過ごしてみて下さい。