愛知県共済

インターネット公開文化講座

文化講座

インターネット公開文化講座

万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

金木犀の理美

 秋分の季、色々な木々が立ち並ぶ公園を散策していると、突然鼻をくすぐる金木犀きんもくせいの香りが滞ってきます。
 『万葉集』には、金木犀を「かつら」、それとは異種のカツラ科の落葉高木を「若楓わかかつらの木」と称して詠まれており、とりわけ金木犀の桂は高貴な香木として愛されておりました。

図版[I]
 その金木犀を、江戸時代の『本草ほんそう図譜ずふ』には「木犀、きんもくせい」異名に「九里香きゅうりこう、天香」「黄色の小花族性し、香気四隣に及ぶすこぶ瑞香ずいこうに似たり」と記され、合せて図版[I]も参照して下さい。
 また、さらなる異名として「桂花けいか丹桂たんけい厳桂がんけい銀桂ぎんけい」と称され、この内の丹桂は金木犀で、銀桂は銀木犀を指します。
 こうした香木を中国の『楚辞そじ』の屈原くつげん(紀元前340~前277)の「湘君しょうくん」の詩の中には「桂のさを、蘭のかじ」や『唐詩選とうしせん』の王建おうけんの「十五夜望月」に「冷露れいろこえ桂花けいか湿うるをす、今夜こんや月明げつめいひとことごとく望むも」(冷たい露は音もなくおりて木犀の花を濡らす。今夜は中秋の名月を人々はみな眺めている)とあります。
 こうした詩から触発をうけて、『万葉集』では「月を詠める」と題し、
天<あめ>の海<うみ>に月<つき>の船<ふね>浮<う>け桂梶<かつらかぢ>懸<か>けてこぐ見ゆ月人壮子<つきひとをとこ>(作者未詳)
(天の海に月の船を浮かべ、金木犀のかひをつけて、月の若者が漕いでいくのが見える)と、「桂梶」即ち、香りの良い木を用いて作られた「梶・楫・櫂」をもって船出することによって願いが叶えられるとして詠ぜられております。
 その「月の中で桂梶を漕ぐ壮子」から、宇宙の星としての月の中にる人の意から、遥かなる恋、即ち手には届かない恋に比喩させて詠ぜられております。そのことを意しての歌として、次の歌で、湯原王ゆはらのおほきみ志貴しきの皇子みこの子)は、

図版[II]
目には見て手には取らえぬ月の内<うち>楓<かつら>のごとき妹をいかにせむ(作者未詳)
(目には見えても、手に取れない月の中の桂のような、あなたをどうしたらいいのだろう)と歌われております。そして、これに対しての「娘子おとめこたへ贈る歌」では、「私のことを強く思って下さったことにより、夜の夢の中にあなたの姿が観えたことです」と解する歌が詠まれております。
 この二首の月の桂から触発をうけ、月見のときにも用うる手杵てぎね(月で兎が香薬をつく具)の姿をした備前焼の花入に金木犀に嫁菜の花を出合せた挿花作品を、参照して見て下さい。
 どうぞこの季、月を観する折りには桂(金木犀)の香りをいっぱいに嗅いで、恋を含め願いごとを成就させて見て下さい。

万葉植物から伝統文化を学ぶ
このページの一番上へ