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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

翁草(おきなぐさ)「根都古具佐(ねつこぐさ)」

 春の季を迎え、柔らかな日差しの中で、輝き咲いている翁草の花に出合うと、その姿が神々こうごうしくて思わず見れてしまいます。
芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なる根都古具佐(ねつこぐさ) あひ見(み)ずあらば吾(あれ)恋ひめやも(作者未詳) 「芝付の御宇良崎みうらさきに咲く翁草のように可憐なあの娘に、もし逢わなかったらこのように、恋い焦れたりしないでしょう。」という歌意です。
 いったん「会い見てしまった以上は、翁草が地に根付くように、私の胸にある娘の面影が、焼き付いてしまった」と言う想いが込められています。
 「万葉集」では、この一首だけ詠まれ、この歌は、第十四巻の東歌あづまうたの「相聞そうもん」に所収されています。
 この翁草は、花に対して根が大きいことから「根都古具佐ねつこぐさ」と名付けられ、「和名抄わみょうしょう」にも「奈加久佐ながくさ 根処有ねどころあり」と記されています。
 根は、乾燥させて「白頭翁はくとうおう」と呼ばれる生薬に、漢方薬として用いられています。
 この翁草は、キンポウゲ科の多年草で、花丈が、十五センチから二十センチで、春に暗赤紫色あんせきししょく鐘形しょうけいの花が横向きに咲き、花の外側や葉茎に銀色の毛が密生し、花後に、白く長い羽毛が、風になびいている様子が、白髪の老人に以ている事から、翁草おきなぐさと現植物名が、名付けられました。
 又和名抄にも「白頭翁はくとうおきな於木奈久佐おきなぐさ」と記されています。


図版[I]
 [図I]の本草図譜にも「白頭翁はくとうおう、をきなくさ」とあり、さらに「山野陽地に多し、花紫黒色、は白色の毛の如く、下へたれる。根は、牛房ごぼうに以て...」と翁草の特性を的確に述べています。
 図でも、しっとりと咲く花、銀白色の糸状に垂れる実の翁草が、鮮明に描かれています。
 しかし現在では、自生では、なかなか見られなくなっています。

図版[II]
 [図II]では、遺跡に埋もれて青紬の銀化した壺〔ペルシア青釉銀化壺(十二世紀頃)〕に、翁草を神秘的に出合わせた小作品です。
 翁草の花の美しさ、根の付きようから、慕う人への思いをさらに深めた歌に心を込めて生けあげました。

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