晩秋から冬季を迎えるころ、公園やお城の園などを訪れてみると、松毬＜まつかさ＞の如くの青い実をつけ大空に凛と佇む樅＜もみ＞の木を観することができます。
　その樅の松毬を図版[I]で参照して見て下さい。
　この樅の名の由来は色々とあり、平たくわずかに丸みをもった細かい葉と葉が風などで擦れ合う姿が、いかにも両手でもみ合う姿に似ていることから、「もむ」の音変で「もみ」と呼ばれたとされ、平安時代の『和名抄』に「樅 　毛美＜もみ＞」と記されております。
　そして、さらに江戸時代の新井白石の『東雅』には「樅、オモといひ、ヲミといひ、またモミという、是れ語の転せしや」とあり、その「ヲミ」が万葉名であります。
　山部赤人＜やまべのあかひと＞が、伊予の温泉に至った時の長歌として、

（歴代の天皇がお治めになっている温泉は、数多くあるけれども、その中でも島や山の景色がうるわしいのは伊予の国であり、天皇たちが 行幸＜みゆき＞されたときには必ず立ち寄られ、石湯＜いはゆ＞のほとりの木立を見ると、臣の木も茂りつづけ、鳥の鳴き声も変わらないでいることよ、ますます神々しく、遠い将来までまで栄えていくことだろうよ）と詠ぜられております。
　そんな臣の木に、赤い実の藪柑子＜やぶこうじ＞と日陰蔓＜ひかげのかずら＞を輪島黒塗＜くろぬり＞大食籠＜じきろう＞（江戸時代）に挿＜い＞けた花を図版[II]を参照して見て下さい。
　この伊予の温泉を万葉時代以前は、「 熟田津＜にぎたつ＞」と呼称され、斉明＜さいめい＞天皇が九州の筑紫に行幸された折りに、熟田津の石湯の離宮に停泊された時の 御製＜ぎょせい＞ 歌として「熟田津に船乗＜ふなのり＞りせむと月待てば潮＜しほ＞もかなひぬ今は漕＜こ＞ぎ出＜い＞でな」と詠ぜられております。
熟田津、即ち道後温泉には 大国主命＜おほくにぬしのみこと＞ をはじめ、景行天皇、神功＜じんぐう＞ 皇后、聖徳太子、中大兄皇子（天智天皇）などの高貴な人達が愛した湯泉であり、合わせて 松柏＜しょうはく＞樹（常緑で節操を守る木）として尊い臣の木も 愛＜め＞でられたことであることを意して、高らかに歌い挙げているのです。
　そして、往時「臣」は、君主に仕える賢徳で親愛なる家臣として、高く重されており、その意からも、樅を臣の木と称したのではと考えられるのです。
　どうぞ、この霜月・師走の季、凛と佇む樅・臣の木を観して、心を凛感とさせ賢徳な人となりになって見て下さい。