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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

馬酔木の理美

 この季、奈良の春日大社を拝して、春日の森「馬酔木あせびの森」と称される神聖なるもりの右方の小道を散策しはじめると、純白の馬酔木あせびの花がたわわに咲きにおい、そしてさらに、この頃には鹿の鳴き声が響きわたってきます。
 この馬酔木は、字の如く馬が葉を喰むと酔ってしまい、足に合せて体の気力がぐったりすることから名付けられ、別字として「馬不食うまくわず毒柴どくしば」そして「鹿不食しかくわず」とも称され、さらに「馬酔木」の字では「あせみ、あせぼ、あせぶ、あせも、あしぶ、あしみ、あしび」と呼称されており、『万葉集』にては「あしび」と呼称され、「馬酔、馬酔木、安志妣、安之婢」の文字が当てられております。
 その一首として「春の相聞さうもん」の「花に寄せき」と題された歌として
吾【わ】が背子【せこ】に吾【あ】が恋ふらくは奥山【おくやま】の馬酔【あしび】の花の今盛りなり(作者未詳)
(私が私の夫を恋しく思うことは、奥山に咲く馬酔木の花のように、今が真っ盛りです)と、美しく咲き薫う馬酔木の花に恋心を比喩させて歌われているのです。
 そして、次の長歌として「草香山くさかやまの歌一首」と題し、
おしてる 難波【なには】を過【す】ぎて 打靡【うちなび】く 草香の山を 夕暮【ゆふぐれ】に 吾【わ】が越【こ】え来【く】れば 山も狭【せ】に 咲ける馬酔木の 悪【あ】しからぬ 君を何時【いつしか】 行きてはや見む
と歌われ、「おしてる」は「難波」の枕詞で、(難波を経て、草香の山の草が風に靡びき、その夕暮に私が越えて来ると、山もせましといっぱいに咲き薫っている馬酔木あしびの名の如く「し(嫌い)」になるようなことはなく、この恋しき花のように早くお目にかかりたいのです)と、恋心の高さを馬酔木の花姿の美しさを重して、切々と詠ぜられているのです。
 そんな美しく咲き薫ふ花を、次の「山斎しま属目しょくもくして作りし歌」と題された歌では、
池水に影【かげ】さへ見えて咲きにほふ安之婢【あしび】の花を袖【そで】に扱入【こき】れな(大伴家持)
(池水に影までも映して美しく咲きほこる馬酔木の花を、しごき取って袖に入れよう)と歌われ、題の「山斎を属目」とは庭園を眺めて作られた歌を示します。


図版[I]
 そんな白き花房の咲き誇る馬酔木を、古代の新羅しらぎ土器に、春の名残りの曙椿あけぼのを出合せてけ表わした花を、図版[I]にて参照して見て下さい。
 どうぞ、この春の季には、奈良の春日大社の杜に訪れて、小径に美しく咲き薫う馬酔木の清らかな花を観しながら、そして時折り鹿の鳴き声を聞くことにより、鹿の恋心のたかなりと、恋の成就を感じさせてくれます。

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