文化講座
卯の花の理美
新緑が麗しき季、野や山間の小径の草木を散策していると、幽艶に咲き薫る卯の花の姿に歩みを止められます。
卯の花は、一般的には「空木 」と呼称され、幹の中心部が柔らかく中空状態になることから「空 な木」が転化して名付けられたとされ、そしてまた、陰暦の4月(陽暦5月)の異称である「卯月 」のころに開花することより「卯の花」の名で称愛されているのです。
そんな卯の花を『万葉集』では、
図版
(時期でもないのに玉の緒を通したことだ。卯の花の咲く五月を待っていたら待ち遠しいので)と、白玉の如く撓
み咲く卯の花を早く見たいとの慕いから「玉をそ貫く」即ち、邪気払いや、物事の願いを成就させてくれる「
薬玉 飾り」に糸を通したと詠われております。
そんな卯の花の撓み咲く姿を、荒目籠に白花の躑躅 を出合わせて挿け表わしております。
図版を参照して見てください。
そして、卯の花が開花する5月の後半ごろの山里では、敲
きつけるような強い雨「
霖雨
」によって卯の花は散らされ、そんな姿を、次の歌で大伴家持は、
(卯の花を腐らす長雨のはな水で、寄る塵芥 のように寄ってくる娘がいたらよいのに)と、「霧雨の臍 れぬ日に作る歌一首」との前書があります。ここでは、長く降り続いた雨によって散り落ちた花弁が花屑 と化していきます。
そして、ここでの「始水」は、水の流れる先端に卯の花が集まって関を作り、その情景から、その関にたくさん集まった娘の中から、一人でも私のところに心を寄せてくれないかと切望し、卯の花を娘に比喩させて詠じられております。
次の歌では、卯の花腐 しによって散りゆく姿を
(卯の花の散るのを惜しんで、杜鵑 は野に出たり山に入ったりして鳴き立っていることよ)と、杜鵑の悲しみの声が山間に響き渡る情景が滞い詠ぜられており、杜鵑は「卯月鳥」の異称でも愛されております。
どうかこの初夏から卯の花腐し(五月雨
)の季には、白玉の如く咲き薫う姿を、山里人が「雪見草」と称する卯の花の咲き散る景観を楽しんでみてください。
卯の花は、一般的には「
そんな卯の花を『万葉集』では、
図版
(時期でもないのに玉の緒を通したことだ。卯の花の咲く五月を待っていたら待ち遠しいので)と、白玉の如く
そんな卯の花の撓み咲く姿を、荒目籠に白花の
図版を参照して見てください。
そして、卯の花が開花する5月の後半ごろの山里では、
(卯の花を腐らす長雨のはな水で、寄る
そして、ここでの「始水」は、水の流れる先端に卯の花が集まって関を作り、その情景から、その関にたくさん集まった娘の中から、一人でも私のところに心を寄せてくれないかと切望し、卯の花を娘に比喩させて詠じられております。
次の歌では、卯の花
(卯の花の散るのを惜しんで、
どうかこの初夏から卯の花腐し(