爽やかなる秋の季に、田圃たんぼから近くの林に歩きはじめると、七夕に縁ゆかりの梶かじの葉によく似た楮こうぞの葉と出合うことがあります。
　この楮は、樹皮を紙や織物の素材として用いられ、往昔より大変に大切な木であります。そのことから奈良時代の『万葉集』では、146首と多く詠まれ、その呼名としては「たへ（116首）、たく（10首）、ゆふ（25首）」と呼称され、その「たへ」には「細、栲、多閉、多倍、妙」の字が、そして「たく」には「𣑥、栲」の字が、さらに「ゆふ」には「木綿、雪、布」の文字をもって、それぞれに味わい深く詠まれております。
　その「細たへ」の歌として、「山口やまぐちの女王おほきみの、大伴祢家持に贈りし」「相さう聞もん（恋心の歌）」として

（あなたは、私のことを恋しいひとと思ってくださらなくても、せめてあなたの枕は、私の夢に見えてきて欲しいものです）と歌われ、恋しき人を恋ふる心の深き歌として詠まれており、この「たへ」は、もともとは楮の繊維で作りあげた白き清らかなる布のことであります。
　そして、次に「栲たく」の歌では、巫部かむなぎべの麻蘇娘子まそをとめの「相聞歌」として、

（栲の縄のように永い命を欲したのは、絶え間なくあなたを見たいと思い欲すればこそなのです）と、恋心が切々と詠われております。
　そして、さらに「木ゆ綿ふ」の歌では、笠かさの金かな村むらの雑ぞう歌かで、

（山が高いので白い木綿の花のように、白く激しく流れ落ちる滝のほとりを、いつ見てもあきないことよ。）と歌われており、この「木綿花」は、楮の繊維をさらしたものから作った美しい花のようであり、この花色の美しき姿から神事などに遣つかわれていたと言われおり、また一般的な諸事にも愛されていたことが、歌から推察されます。
　このように愛されしことは、梶の葉に似て深き葉の括くびれの姿は、往昔より神の影よう向ごう（神の依い存そんされる深さ）の快かい意いを感じ得ることから、多く詠まれていると思われます。

　その梶の葉の姿を感じさせる図を、江戸時代の『本ほん草そう図ず譜ふ』に、初夏の頃の葉下陰に桃色の球姿の可愛らしき花に、下部に赤く熟じゅくした果実が描かれており、銘として「楮ちょ、かぞ、かうぞ」とあり、さらに救きう荒こう本ほん草そうとして「楮ちょ桃とう樹じゅ」と記され、図版［I］を参照して見て下さい。
　そして、図版［II］では、中南米のコスタリカの古代の彩文土器に、この季の特性として黄色く紅葉しはじめて凛りんとした楮葉に、その水際には、桃色の河原かわら撫子なでしこの花に、白色の綿わたの小枝を出合せての挿花を観して下さい。
　どうぞ、この秋の季、雑木林の小道を散策の折りには、黄色く彩いろづきはじめた葉括れの美しき楮を、ゆっくり観して見て下さい。