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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

犬枇杷の理美

 夏の盛りの季、海辺に近いところで、赤色に熟した犬枇杷いぬびわの可愛い果実の懸け垂れる姿を観することができます。
 犬枇杷は、別名を「小無花果こいちじく」と呼ばれ、その果実がまさに無花果を小さくした如くで、真赤に熟すと甘味は無花果より少ないものの食感はよく似ているのですが、これがどうして犬枇杷と名付けられたのかが不思議です。
 そして果実を枝からもぎると乳液が出、そのことから「乳木ちちのき乳実ちちのみ」とも呼称され、『万葉集』でも「知智ちち」の名で愛されております。
 その乳実を、『万葉集』では、山上憶良やまのうへをくらが長歌の筆頭で

図[I]

図版[II]

図版[III]
知智の実の 父の命 ははそ葉の 母の命 凡ろかに 心尽くして 思ふらむ その子なれやも・・・
 (ちちの実の父君や、柞葉ははそば の母君が、おろそかに心配しているような子ではどうしてあろうか)と、知智の実や柞葉(小楢こなら)の自然の草木たちは人間が生きる為に温愛なる効をもたらしてくれるように、両親(父・母)も、深き温愛をもって育ててきたことから、慈み思う子であり疑うことはないと詠われ、この歌の題として「勇士の名を るはむことをねがふ歌」とあり、後世にその勇士たる美徳を語り伝えていくことだと付されております。
 そんな知智の果実を、 花籠けこに生けた作品を図[I]で参照してください。
 このように乳液の出る万葉の草木は、他に七夕に縁りの朝容皃あさがほ(桔梗)と、その願い事を書くかじの葉があり、乳液は聖なるものであります。
 その乳液の出る植物の文化史を紐解いてみますと、古代エジプト文明のB.C.1500年頃の「聖なる授乳」と題する壁画に、無花果(シカモア樹)と同体とされる女神イシスの長く伸びた乳房から注がれる乳液を、皇子が授乳する姿が描かれ、それによって聖なる王として復活が約束されるのです。そして、B.C.1300年の「母と妻」の壁画では、たわわに実る無花果から滴る乳液を盃鉢に受けて捧げ飲む姿が描かれており、このように乳液を出す木は「豊穣」を表し、大自然の神からの超越的な生命の木として崇められていたのです。
 その壁画の再現図を図版[II・III]で参照して見てください。
 どうぞ、この夏の熱い季、海水浴場の辺りか神社の杜などを散策しては、可愛らしき大枇杷を観し、家族の愛の高なりを感じて見てください。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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