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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

私たちの身体と栄養(10)消化器系:肝臓

2024年9月からは「私たちの身体と栄養」というテーマを取り上げています。私たちの身体には、心臓や肝臓、筋肉などのさまざまな臓器があり、臓器を作るための細胞が存在します。臓器や細胞は、協調してはたらき、私たちの生命や健康を維持するために機能しています。また、私たちが食べたものは、消化吸収された後、全身に運ばれて細胞や臓器がはたらくためのエネルギーとなります。本シリーズでは、身体の仕組みと栄養との関連について、解説していきます。先月から数回にわたって、食べたものを消化、吸収するために必要な消化器系の臓器について取り上げています。今回は、肝臓について学びましょう。

【肝臓について】

肝臓は、腹部右上にあり、体重の約1/50もある大きな臓器です。また肝臓は、その70%を切除しても数ヶ月で元の大きさに戻ると言われるほど、再生能力が高い臓器でもあります。

肝臓は、体の右側に位置する右葉と、左側に位置する左葉に分けられます。肝臓には、心臓から血液を運ぶ肝動脈、血液を送り出す役割の肝静脈に加えて、腸から血液を運ぶ門脈という血管があります。門脈は、腸から吸収した栄養を多く含む血液を肝臓に運ぶための静脈であり、脂質以外の栄養素は門脈を通って肝臓に集められます。脂質は、小腸から吸収されると、リンパ管に吸収され、リンパ液と共に胸管を通って静脈まで運ばれると血液を循環しながら肝臓をはじめとする臓器に運ばれていきます(「私たちの身体と栄養 (8) 循環器系:リンパ管」参照 )。

【肝臓の役割】

① 栄養素の代謝

肝臓は腸から吸収した栄養素を集め、必要に応じて新たな栄養素を合成したり、栄養素を必要とする臓器に分配したりする役割を果たすため、肝臓は栄養代謝の中枢であると言えます。

例えば、白米や麺類などから炭水化物を摂取すると、消化されて単糖類や二糖類に分解され、小腸から吸収されます。これらは肝臓に運ばれると、必要に応じて全身に運び出されるだけでなく、肝臓の中にグリコーゲンとして貯蔵しておくこともできます。そして、空腹になってくると(エネルギーが必要になると)グリコーゲンから糖を作り出してエネルギーとして供給することができるのです。

また、コレステロールの制御にも肝臓は重要な役割を果たしています。私たちの体の中のコレステロール量は、その7~8割は肝臓での合成量によって決まります(残りの2~3割は食事からの摂取量)。また、肝臓で合成されたコレステロールは、LDLコレステロールとして肝臓から全身の必要な場所へと運び出されますし、全身で不要となったコレステロールはHDLコレステロールとして全身から回収され、肝臓に一旦戻されます(第61回「老いるオイルと老いないオイル (12) コレステロール」参照 )。

このように、肝臓は栄養代謝において中心的な役割を担っています。

② 解毒作用

肝臓には、食事中の栄養素に加え、アルコールや食品添加物、薬、細菌など、様々なものが流れ込んできます。体に害を及ぼすこれらの物質は、体内に入ってこないように小腸で異物を排泄するためのポンプが存在していますが、ここで除去できない場合、あるいは脂溶性が高い物質の場合、小腸から吸収され、門脈を通じて肝臓に入ってきます。この場合に、肝臓での解毒作用が重要な役割を果たします。

第一相反応として異物の酸化反応を行い、その後、第二相反応として、グルクロン酸、硫酸やグルタチオンと抱合(結合)することによって無毒化され、胆汁か血液へ排出されます。これらの反応で十分に水溶性となれば、全身循環を経て腎臓から排泄されることになります(「食の安全性について考える (4) 生体異物とその代謝」参照 )。

これらの解毒作用を担う酵素・シトクロムP450(CYP450と略します)には50種類以上が存在します。生体異物の代謝だけでなく、コレステロール、ステロイドホルモンの生合成や、胆汁酸、ビタミンD、脂肪酸などの代謝にも関与しています。肝臓にはたくさんの酵素が存在し、代謝が活発に行われていることがわかります。

③ 消化・吸収の補助

肝臓は、脂質の消化や吸収を助けるための「胆汁」という消化液を作ります。作られた胆汁は、胆嚢に集められ、必要となるときまで濃縮されていきます。食事をすることによって胃から流れてきたもの、特に脂質が十二指腸に触れると、その刺激によって十二指腸の粘膜からコレシストキニンというホルモンが分泌されます。コレシストキニンには、胆嚢を収縮させる機能があり、これによって胆嚢から胆汁が分泌され、十二指腸に流れ込むことになります。

胆汁には、ビリルビンという、古くなった赤血球の分解によって生成される色素が含まれるため、黄褐色をしています。また胆汁には、コレステロール、胆汁酸塩などが含まれています。胆汁酸には強い界面活性作用があるため、脂質を乳化することができ、中性脂質やコレステロール、脂溶性ビタミンの消化や吸収を促進するような作用があります。

【肝臓の病気】

肝臓の病気には、肝炎、肝硬変、肝がんなどがあります。肝炎は、肝臓に炎症が起こった状態で、その原因としてはウイルス性、薬剤性、アルコール性、代謝関連などがあります。肝臓の炎症によって細胞が障害されると、その跡を埋めるようにして線維が蓄積してきます。これを肝線維化といい、進行すると肝臓が硬くなって肝硬変になり、肝がんを発症しやすくなります。

(ウイルス性肝炎)

ウイルス性肝炎は、A型、B型、C型、D型、E型などの肝炎ウイルスの感染によって発症します。A型、E型は生カキやイノシシ、鹿肉などの食べ物を介して感染する急性の感染症であるのに対し、B型、C型、D型は血液を介して感染します。中でもB型、C型肝炎ウイルスは、感染すると慢性化して、肝硬変や肝がんを引き起こす可能性があります。

日本には、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスともに、100万人程度の感染者がいると推定されていますが、肝臓は「沈黙の臓器」といわれ、自覚症状がないままに病気が進行する恐れがあります。ウイルスに感染しているかどうかは、採血検査ができるので、保健所や自治体に問い合わせると良いでしょう。

(薬剤性肝炎)

薬の服用により、肝臓が障害を受けることがあります。よく知られるのは、風邪薬などに含まれるアセトアミノフェンとアルコールを同時に摂取することによる中毒性の肝障害があります。この他、薬局やドラッグストアで購入できるような医薬品や漢方薬、サプリメントなどでも起こる可能性はありますので、過去に薬の服用によって肝機能が悪くなった経験がある人やアレルギー症状が出た経験のある場合には注意が必要です。

(アルコール性肝炎)

長期にわたる大量の飲酒が原因で肝臓に炎症を起こすことがあります。2024年に厚生労働省が公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」では、生活習慣病のリスクを高める飲酒量として、1日あたりの純アルコール量が男性では40g以上、女性では20g以上摂取した場合と定義され、それ以上に飲酒している人の割合を減少させることが目標として掲げられています。

純アルコールの量は、摂取量 (ml) × アルコール濃度(アルコール度数/100)× 0.8(アルコールの比重)によって計算することができます。

日本酒(15度)であれば1合、焼酎(25度)であれば0.6合、ウイスキー(43度)であればダブル1杯、ワイン(14度)であればグラス2杯が目安となります。

(MASLD/MASH)

アルコール摂取やウイルスを原因としない脂肪肝で、代謝機能が障害されていることによって引き起こされるものをMASLD(Metabolic Dysfunction Associated Steatotic Liver Disease:代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)といいます。従来はNAFLD(nonalcoholic fatty liver disease : 非アルコール性脂肪性肝疾患)と呼ばれていましたが、「alchoholic」は「飲んだくれ」、「fatty」は「太っちょ」というような意味も持つため、偏見を生み出すような名称であるとされ、2023年から名称が変更されました。

脂肪肝である人の数は年々増加しており、BMIが高いほど脂肪肝である人の数が多いことが報告されています。このことから、代謝機能異常が生じている状態とは、過体重や肥満、2型糖尿病があることを指します。しかし、肥満や2型糖尿病でなかったとしても、腹部肥満であること、中性脂肪が高く、HDL(善玉)コレステロールが低い、血圧が高い、インスリン抵抗性がある、前進性の炎症があるなどが複数当てはまる場合も該当します。

また、MASLDであり、かつ肝炎が生じている場合には、MASH(Metabolic Dysfunction Associated Steatohepatitis:代謝機能障害関連脂肪肝炎)とされます。

日本肝臓学会のNASH・NAFLDの診療ガイド2015によると、NAFLD(現在のMASLD)の10~20%がNASH(現在のMASH)であり、このうち5~20%の患者は5~10年で肝硬変になるとされています。さらに、年間2%の患者は、肝硬変から肝がんになるとされています。

(肝硬変)

肝臓に慢性的に炎症が起こり、肝臓の細胞が死んだり、再生されたりが繰り返されると、徐々に線維化が進行します。結果として肝臓は硬く変化し、肝臓の本来の機能が低下した状態となります。肝臓における線維化の進行は、死亡率を高めることが報告されています(Hepatology 65 ; 1557-1565, 2017)。

(肝臓がん)

日本における肝臓がんは、9割以上が肝細胞がんです。肝細胞がんの発生には、上述の肝炎ウイルスや、アルコール性肝障害、MASLDなどによる肝臓の慢性的な炎症や肝硬変が関与しています。

また、MASLDにより、肝細胞がんだけでなく、食道がんや膵がん、大腸がん、腎がんなどの発症リスクが高まることが報告されています(Metabolism 127: 154955, 2022; 肝臓 64:2,33-43, 2023)。

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