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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

栄養と代謝(12)食物繊維の役割

第62回から始まったシリーズ「栄養と代謝」では、私たちの健康に必要な栄養素とその代謝について基礎から学び、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしています。

シリーズ12回目の最終回は、食物繊維について取り上げます。

【食物繊維とは】

食物繊維は、人の消化酵素で消化されずに、小腸を通過して、大腸まで達する食品成分です。炭水化物は、消化されてエネルギーになる糖質と、消化されず、ほとんどエネルギーにならない食物繊維に分けられ、さらに食物繊維には、水に溶ける水溶性食物繊維と、水に溶けない不溶性食物繊維が存在します(図1)。

食物繊維は、便の体積を増やしたり、便を柔らかくしたりする作用があるだけでなく、腸内細菌の餌となり、腸内細菌の代謝を介して私たちの体に有用な成分を作り出しており、第6の栄養素として注目を集めています。

図⒈ 食物繊維
炭水化物は、消化されてエネルギーになる糖質と、消化されず、ほとんどエネルギーにならない食物繊維に分けられる。食物繊維には、水に溶ける水溶性食物繊維と、水に溶けない不溶性食物繊維が存在する。

【水溶性食物繊維】

水に溶けやすい水溶性食物繊維には、便を柔らかくする作用があります。また、腸内細菌、特に善玉菌の餌となって、腸内環境を整え、私たちの体に有用な成分を作り出します。水溶性食物繊維には、果物や野菜に含まれるペクチン、こんにゃくに含まれるグルコマンナン、海藻類に含まれるアルギン酸、オーツ麦などに含まれるβ(ベータ)グルカン、牛蒡などの根菜類に含まれるイヌリンなどがあります。

【不溶性食物繊維】

水に溶けにくい不溶性食物繊維には、水分や老廃物を便の量を増やす作用があります。また、食べることによって腸を刺激して蠕動(ぜんどう)運動を活発にし、排便を促す効果があります。 果物、野菜、穀物、豆類に含まれるセミロースやヘミセルロース、カカオや種実類に含まれるリグニン、きのこやエビ・カニなどの甲殻類に含まれるキチンが不溶性食物繊維です。

【食物繊維を含む食品】

上述のように、食物繊維でも、水溶性と不溶性では役割が異なり、前者は便を柔らかく、後者は便の量を増やす作用があるため、腸内環境を整え、便通を良くするためには、水溶性と不溶性の両方を摂取することが大切です。おなかは張るけれど便秘気味というかたは水溶性食物繊維を、便がゆるいという方は不溶性食物繊維を食べるようにすると改善されるかもしれません(図2)。

図⒉ 食物繊維を含む食品
水溶性食物繊維を含む食品には海藻、大麦、こんにゃく、モロヘイヤやオクラなどのネバネバした野菜類、果物類がある。一方、不溶性食物繊維を含む食品には、穀物、豆類、野菜類、きのこ類、ネバネバしていない野菜類がある。
両者をバランスよく含むとされるものとして、ごぼう、にんじん、キウイなどの食品がある。

【食物繊維の摂取による健康への影響】

食物繊維の摂取量が少ないことで、総死亡率が高くなることが報告されています。この他、心筋梗塞や脳卒中、2型糖尿病、乳がん、胃がん、大腸がんについても、食物繊維の摂取量が少ないほど、病気の発症が増加することが報告されています(2020年度 日本人の食事摂取基準)。

一方、食物繊維をほとんど摂取しない場合と比較して、1日20gの食物繊維を摂取していたグループでは、心筋梗塞や2型糖尿病の発症率が低かったという報告もあります。

(食物繊維と糖尿病の関係)
食後血糖の上昇の指標として、グリセミックインデックス(GI)が使われます。これは、炭水化物が消化されて糖に変換される速さを示す数値であり、GIが低いほど血糖上昇が起こりにくく、GIが高いほど血糖上昇が起こりやすい食品だということを示します。図3のように、GI値が低い食品ほど、食物繊維を多く含むといえ、食物繊維の摂取が多い人の方が糖尿病の発症率が低い理由のひとつと言えるでしょう。

図⒊ グリセミックインデックス(GI)
グリセミックインデックス(GI)は、炭水化物が消化されて糖に変化する速さを示す数値であり、GIが低いほど血糖上昇が起こりにくく、GIが高いほど血糖上昇が起こりやすい。

(食物繊維の摂取目安と現状)
食物繊維の一日摂取目標は、成人男性で21g、成人女性で18gですが、どの年代でも不足しています(図4)。食物繊維のサプリメントが市販されていますが、食品から摂取した場合と同等の健康効果があるという保証はないこと、また、サプリメントによって特定の食物繊維だけを摂取することによって腸内細菌の多様性を阻む可能性があることから、様々な食品から多様な食物繊維を接することが理想的であると考えられます。

図⒋ 食物繊維の摂取目安と現状
食物繊維の日本人の摂取目標は成人男性で21g、成人女性で18gだが、どの年代も不足している。

【食物繊維と腸内細菌】

(腸内細菌)
腸、主に大腸には、1,000種類以上もの腸内細菌が生息していることが知られています。その機能がわかっているのは一部でありますが、善玉菌、悪玉菌、日和見菌の3種類に大別することができます。ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌は、腸内を弱酸性に保ち、消化吸収の補助をしたり、ビタミンなどの有用物質を合成したりする作用がある一方、有害株の大腸菌やブドウ球菌などの悪玉菌は、腸内をアルカリ性にし、有害物質を産生してガスや嫌な臭いを生成します。日和見菌は、善でも悪でもない菌ですが、腸内が善玉優勢になれば良い作用を、悪玉優勢になれば悪い作用をすると考えられています。

近年の研究により、腸内細菌のバランスが崩れると、肥満や糖尿病、脂肪肝、心血管疾患など、さまざまな病気の発症につながることが明らかになってきています。例えば、正常体重の人の腸内細菌と、肥満の人の腸内細菌を、全く同じ遺伝的背景を持ち、腸内細菌がいないマウスに移植すると、正常体重の人の腸内細菌を移植されたマウスは太らないのに対し、肥満の人の腸内細菌を移植されたマウスは肥満になるという結果があるように(Nature 44: 1027-103, 2006)、いかに腸内環境を整えるかは、健康に生きるための重要な課題です。

(腸内環境を整える食物繊維)
食物繊維は、腸内環境を整えるための重要な要素のひとつです。食物繊維が多い食事をしていると腸内細菌の種類や数が多く育つこと、一方で、食物繊維が少ない食事を続けると、腸内細菌の多様性が乏しくなり、数も少なくなること、そうなってしまうと食物繊維の量を増やしても改善しにくくなることが報告されています(Nature 529: 212-215, 2016)。様々な食品から多様な食物繊維を摂取することで、多様な腸内細菌が育つと考えられるので、偏ることのないように食物繊維を摂取しましょう。

食物繊維は、腸内細菌の中でも特に善玉菌の餌となり、善玉菌が増えやすい環境を作ります。さらに善玉細菌は、食物繊維を分解して短鎖脂肪酸を生成することが報告されており、短鎖脂肪酸は、脂肪組織に働いて脂肪蓄積を抑制したり、膵臓に働いてインスリンの分泌を促進したり、血管に働いて血圧を調節したりすることが明らかになっています(Glycative Stress Research 6:181-191, 2019)。

近年の日本人の食物繊維不足は、穀類の消費量が少なくなってきていることが原因であると考えられます。食生活が多様になってきているため、仕方ないことではありますが、精製米だけでなく玄米を混ぜる、精製小麦のパンだけでなく全粒粉のパンを食べる、など、無理のない範囲で意識して食物繊維を摂取するようにしましょう。

【まとめ】

今回は、食物繊維について解説しました。食物繊維は、腸内細菌の餌となり、腸内での発酵を促すことにより私たちの健康維持に役立っています。腸内細菌を豊かに増やせるよう、さまざまな食品から多様な食物繊維を摂るように心がけ、おいしく、楽しく、健康に過ごしましょう。

1年間にわたって、栄養素とその代謝・役割についてシリーズで解説してきました。私たちの健康維持には様々な栄養素をバランスよく摂取しなければならないことをご理解頂けたことと思います。私たちは日々食事をして生きていますが、毎食ごとに食事バランスを正確に整えることは難しいことと思います。1日の食事としてバランスが取れていたか、1週間でどうだったかなども併せて考えてみましょう。無理のない範囲で、皆様が楽しみながら健康な食生活を送れますよう、引き続きお役に立てましたら幸いです。

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