文化講座
食の安全について考える(12)食品中の発がん性物質
2023年9月からは「食の安全について考える」というテーマを取り上げています。私たちは日々、食品を食べて生きており、食生活は、住んでいる場所や気候、個人の生活習慣、好き嫌い、経済状況などを反映しています。いかに食の安全を確保するかは、私たちの健康を左右する大きな要因のひとつです。本シリーズでは、食の安全について考え、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしてきました。シリーズ12回目の最終回は、食品に含まれる発がん性物質について解説します。
【日本人の死因とがん】
厚生労働省が公表している人口動態統計によると、2023年に最も多かった日本人の死因は、悪性新生物(腫瘍)で、全死亡者に占める割合は24.3%でした。今や、日本人の2人に1人は、何かしらのがんに罹患するとされ、一生のうちがんと診断される確率は、男性で65.6%、女性で51.2%に及ぶことが報告されています(がん情報サービス・2019, 2021年統計データより)。
がんは、正常な細胞の遺伝子が損傷を受け、変異を生じることから始まります。変異遺伝子が修復されずに蓄積すると、異常な細胞が増え、塊を作ります。これをがん化と言います。これらの異常な細胞は、基底膜を超えて周囲に広がったり(浸潤)、血液などに入り込んで全身に広がったり(転移)することがあります。本来、異常な細胞は免疫システムによって除去されますが、がん細胞を攻撃するための免疫細胞が本来の役割を果たせない場合、がん細胞を排除できないことがあり、病態の悪化につながります。
がんには悪性と良性がありますが、悪性の特徴として、(1)自律的に増殖できること、(2)浸潤と転移を伴うこと、(3)悪液質という、体重減少や食欲不振、筋量減少などの合併症を伴うことが挙げられます。良性の場合でも、自律的に増殖はしますが、スピードが比較的遅く、除去すれば再発の可能性は低くなるという点で悪性とは異なります。
【発がん性物質とは】
発がん性物質とは、がんを誘発するか、その発症率を増加させる化学物質、あるいは化学物質の混合物のことを指します。
世界保健機関(WHO)には、がん専門の機関で、発がん状況の監視、発がん原因の特定、発がん性物質のメカニズムの解明、発がん制御の科学的戦略の確立を目的として活動している、国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer: IARC)があります。IARCは、人に対する発がん性について、さまざまな物質や要因(生活環境含む)を評価し、4段階に分類した発がん性リスクの一覧を公表しています(表)。本分類は、人に対する発がん性があるかどうかの証拠の強さを示すものです。物質の発がん性の強さや暴露量に基づくリスクの大きさを示すものではないため、注意が必要ですが、摂取する頻度や量を考慮する指標になると考えられます。
表 IARCによる発がん性の分類
農林水産省ウェブサイトより改変, ※ 2023年12月時点での種類。
出典: IARC Monographs on the Identification of Carcinogenic Hazards to Humans
【ヒトに対して発がん性があると分類されている物質】
ここでは、上述のIARC・発がん性の分類表において、グループ1「ヒトに対して発がん性がある」に分類された物質のなかでも、アフラトキシン、アルコール飲料、加工肉について取り上げます。
(アフラトキシン)
アフラトキシンとは、カビ毒の一種で、極めて高い発がん性を示します。B1、B2、G1、G2、M1、M2などがあり、中でもアフラトキシンB1は最も強力な天然の発がん性物質です。タイやフィリピン、南アフリカ、ケニアなどで、アフラトキシン摂取量と肝がんの発生率に関連があるという疫学調査の結果が報告されています。アフラトキシンを含有する可能性のある食品には、カビの生えた食品全般、特にナッツ類、穀類、ソバ、トウモロコシ、香辛料、肉などがあります。
(アルコール飲料)
アルコール飲料を習慣的に摂取する人は、口腔、咽頭、喉頭、食道、大腸、肝臓、乳房のがんのリスクが上がることが報告されています。アルコールが代謝される過程で作られるアセトアルデヒドには、発がん作用があります(図1)。
飲酒量の目安は1日あたり純アルコール換算で23gまでとされます。ビール(アルコール5%)であれば中瓶1本(500ml)、日本酒(アルコール15%)であれば1合(180ml)、ワイン(アルコール14%)であれば1/4本(180ml)、缶チューハイ(アルコール5%)であれば1.5缶(520ml)、焼酎(アルコール25%)であれば0.6合(110ml)、ウイスキー(アルコール43%)であればダブル1杯(60ml)にとどめるようにしましょう。アルコール度数が高くなれば、1日の飲酒量を少なくする必要があるため、注意が必要です。
図1. アルコールの代謝と発がん性
アルコールが代謝される過程で作られるアセトアルデヒドには、発がん作用があり、アルコール飲料を習慣的に摂取する人は、口腔、咽頭、喉頭、食道、大腸、肝臓、乳房のがんのリスクが上がることが報告されている。
(加工肉・レッドミート)
国際がん研究機関(IARC)は、2015年、加工肉およびレッドミート(いわゆる赤肉)の摂取によって大腸がんリスクが増加することを公表しました。加工肉は「ヒトに対して発がん性がある」グループ1に、レッドミートは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」グループ2aに分類されました。
加工肉とは、賞味期限を延ばしたり味を変えたりするために加工された肉類のことで、燻製、塩漬け、塩や保存料の追加をしたものの総称です。ベーコン、ソーセージ、サラミ、コーンビーフ、ビーフジャーキー、ハム、肉の缶詰、肉ベースのソースなどが含まれます。毎日継続して50gを食べ続けると、大腸がんのリスクが18%増加することが報告されています。
レッドミートは、豚肉や牛肉、羊肉(ラム、マトン)、馬肉、山羊肉などの、いわゆる赤肉であり、全ての哺乳動物の肉を示します。鶏肉や七面鳥などの鳥類は含まれません。レッドミートは加工肉ほど強い関連性がないものの、毎日継続して1日あたり100gを摂取することにより、大腸がんのリスクが17%増加するとしています。
図2. IARCによる加工肉とレッドミートの発がん性分類
国際がん研究機関(IARC)は、2015年、加工肉およびレッドミートの摂取によって大腸がんリスクが増加することを公表した。加工肉は「ヒトに対して発がん性がある」グループ1に、レッドミートは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」グループ2aに分類された。
加工肉や赤肉に発がん性がある、あるいはその可能性がある、となると、それらの食品は食べない方が良いのかと考える人もいると思いますが、それに対し、WHOは、「人々に対して癌のリスクを減らすために加工肉の摂取を適量にすることを奨励しているもの。IARCの評価は、加工肉を一切食べないように求めるものではなく、加工肉の摂取を減らすことで大腸がんのリスクを減らせることを示した。」という見解を発表しています。
赤肉には、私たちの体の健康維持に必要なタンパク質や、ビタミン、ミネラルなどの微量栄養素も含まれるため、全く食べないのではなく、その量や頻度を調節し、適切に摂取することが大切です。
【まとめ】
がんの発生には、遺伝要因が大きく関わりますが、喫煙、飲酒、食事などの環境要因も影響します。今回取り上げた、食品中の発がん性物質だけでなく、喫煙や塩分の過剰摂取、野菜・果物の摂取不足も、発がんの危険因子となることから、発がん性物質を摂取しすぎないようにすると同時に、減塩すること、そして野菜・果物を摂取することもがんの予防に役立つでしょう。
本シリーズ「食の安全について考える」では、1年にわたって、食中毒や食物アレルギー、添加物、農薬、遺伝子組換え技術、健康食品、輸入食品など、様々な角度から食の安全について取り上げてきました。私たちが食べるものには「絶対に安全」なものはありません。どんなものでも食べすぎることによって健康を害する可能性もあります。「食」を楽しみ、健康に生きていくためには、何かひとつのものに偏って食べるのではなく、あれもこれもと、分散しながら食べることも大事なポイントではないでしょうか。それが、食事をバランスよく食べるという考えにもつながります。今回のシリ―ズが、少しでも皆様のお役に立てる内容であったならば幸いです。
参考資料