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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第46回 世界の長寿食(9)メキシコ

世界の食に学ぶ健康長寿の秘訣、9回目はメキシコを取り上げます。WHO(世界保健機関)が2018年に報告した統計では、メキシコの平均寿命は76.6歳であり、長生きの国とは言えないかもしれません。さらに、国際経済全般について協議することを目的とした国際機関であるOECD(経済協力開発機構)加盟国における肥満者の割合に関する報告では、メキシコは肥満者が多い国のひとつでもあります(図1)。ところがメキシコを訪れてみると、意外にも健康的な食材や料理が多いことに気付きます。今回は、メキシコの食生活から、何を見習って、何を避けるべきか、何が長寿の秘訣になるかを考えてみましょう。

【メキシコの基本知識】

メキシコ合衆国(通称メキシコ)は、北アメリカに位置する国で、北部はアメリカ合衆国、南東はグアテマラと隣接しています。2016年時点の人口は1億3,000万人ほどで、日本の人口とほぼ同じです。

首都はメキシコシティ。2016年のデータでは、都市人口は世界で12番目に多く、都市圏GDPも世界で18位に位置する大きな都市です。標高2240mの高地にあるため、1日の気温変化が大きく、メキシコシティに訪れる際の初日には高山病にならないように、特に運動や飲酒の際には注意が必要です。愛知県名古屋市とは、1978年に姉妹都市になっています。

1492年にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到着して以降、15世紀から17世紀にかけてスペインによる植民地化が起こりますが、それよりも前には、アメリカ大陸で最も初期に生まれた文明として知られるオルメカ文明が興ります。メキシコ南東部ではマヤ文明が発達し、その後のアステカ文明とともに、現在のメキシコの基盤となっています。

図1.OECD加盟国における15歳以上の人口における
肥満者の割合(2016年データを基に2017年に報告)

写真:メキシコシティの街並み。左から、ジャカランダの花が咲く様子(春)、メキシコ国立芸術院(オペラハウス)、ソカロ広場にあるメキシコシティ・メトロポリタン大聖堂

写真:左からティオティワカン遺跡(ティオティワカン文明の宗教都市遺跡)、メキシコ国立人類学博物館に展示されているメソアメリカの考古学収集品

【メキシコの食の特徴】

伝統的なメキシコ料理は、トウモロコシ、豆類、唐辛子を基本とし、儀式などの慣習と深く結びついています。農業技術や、調理器具、調理技法は古くから変わらず伝えられており、2010年にはメキシコの伝統的な食文化が評価されて、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。

前回、カリフォルニアを始め、アメリカ合衆国の多くの地ではメキシコ料理を日常的に食べると述べましたが(第45回「世界の長寿食(8)カリフォルニア」参照)、アメリカや日本で食べられるメキシコ料理の多くは、テクス・メクス(Tex-Mex)と呼ばれ、伝統的なメキシコ料理よりも多くの肉を使い、チーズや香辛料を使うなどの特徴があります。代表的なテクス・メクスには、タコサラダ、ナチョス、チリコンカンなどがあり、レストランで揚げたトルティーヤチップスとサルサソースが前菜として提供されるのも、テクス・メクスの習慣です。アメリカで習慣化したものがメキシコに戻って定着したものもあるようで、揚げたトルティーヤや、肉の摂取の増加、チーズの摂取を多く見かけます。これらは高カロリーになりがちで、肥満者の数を増やす原因になっているのかもしれません。

①トウモロコシ
メキシコ料理の主食はトウモロコシ。トルティーヤという薄焼のパンは、メキシコ料理の主食となるものです。トルティーヤはトウモロコシの粉から作られるもので、さまざまな具をのせて二つ折りにしたタコスという料理や、具材を詰めてソースをかけるエンチラーダという料理や、スープの具材として食べられます(写真)。
また、タマルという料理にもトウモロコシを挽いた粉が使われます。タマレ、あるいはタマレスとも呼ばれるこの料理は、トウモロコシの粉をラードと混ぜ、肉を詰めて、トウモロコシの殻あるいはバナナの葉で包んで蒸したものです(写真)。

写真:左から、トルティーヤを作る調理器具(奥)とタコスの中身(手前)、豆を詰めたタコス、チーズのソースがかかったエンチラーダ、タマル

トウモロコシは、小麦や米と並ぶ世界三大穀物のひとつであり、アステカ文明やマヤ文明の頃から大規模に栽培されていたようです。トウモロコシには炭水化物の他に、ビタミンB1・B2、カリウム、タンパク質、食物繊維などが含まれます。ビタミンB群には代謝を高める効果や疲労回復効果があります。また、トウモロコシに含まれる食物繊維は、便の量を増やす不溶性食物繊維であり、腸内環境を整えるのに役立つと考えられます。

日本人は主食として米を主に食べます。また米の他に、パンや麺類などの小麦も食べるので、それらに加えてトウモロコシを食べると、糖質の摂り過ぎになります。トウモロコシは野菜としてではなく、炭水化物と考えて、上手に食事に取り入れると良いでしょう。

②野菜

いろんな国の市場に出かけると、それぞれの国の特徴が見えてきます。メキシコの市場では、ホオズキのように殻に包まれた青いトマトを見かけます。トマトは、南アメリカのアンデス山脈の高原地帯が原産だと考えられており、それを最初に栽培したのはアステカやインカの人々です。この青いトマトは、チリ(唐辛子)とともに、サルサソースに使われたり、砂糖を加えてジャムに使われたりします(写真)。

トマトにはリコピンが多く、抗酸化作用や動脈硬化の予防効果などの体に良い作用として知られていますが、リコピンはトマトの赤色の成分。すなわち緑のトマトにはリコピンは含まれません。緑のトマトには、リコピンではなく、「トマチジン」という成分が含まれており、動物実験レベルでは筋肉の維持に効果があるとされています。ただ、緑のトマトには毒性もあるので、食べ過ぎには注意が必要です。

写真:左2枚は、市場で売られているさまざまなトマトとチリ(唐辛子)、右から2枚目は青いトマトを使ったサルサソース、右は青いトマトのジャム

また、メキシコでは、ノパルというウチワサボテンを食します。オクラのようにヌルヌルとした食感は、食物繊維が豊富であるということ。カルシウムやカリウムなどのミネラルが豊富で、ビタミンも含まれます。糖尿病予防やコレステロール値の改善、整腸作用などの効果があるとも言われています。ノパルはサラダとして食べる他、スープや煮込み料理にも使われます(写真)。

写真:左から、ノパル(ウチワサボテン)、ノパルが入ったスープ、ノパルのサラダ

③昆虫食

メキシコでは、タンパク質源として昆虫を食べる文化があります。市場でもイモムシやバッタが売られているのを見ることができます。これらの昆虫は、下味をつけて揚げたものをスナックとして食べたり、タコスの具材として入れたりして食べるようです(写真)。

写真:メキシコシティの市場で売られている昆虫。イモムシやバッタが売られている

日本でも長野県は昆虫を食する県として有名であり、イナゴや蜂の子、ざざ虫などを食べます。世界には日本やメキシコ以外にも昆虫を食べる国がたくさんあり、良質のタンパク質やミネラル、脂質の供給源として、安価で持続可能な食材として、注目が集まっています。

【まとめ・メキシコの食に学ぶ長寿の秘訣】

メキシコの食に秘められた健康長寿の要素、私たちの日々の生活に取り入れられるものは見つけられたでしょうか。

  • 炭水化物源としてのトウモロコシ
    日本では主食としてのトウモロコシよりも、スナックとして、あるいはスープや料理の具材として使うなどの食べ方が一般的ですが、トウモロコシには炭水化物が多く含まれるため、トウモロコシを食べるなら、白米や麺類の摂取は控えめにするとより健康的に食べられるでしょう。
  • 野菜
    メキシコでは、トマトやサボテン、アボカドなどの野菜を多く食べます。日本では、野菜や果物は甘いものが好まれますが、甘いということは糖質を含むということ。高血糖の原因にもなるので、甘い野菜だけでなく、幅広くたくさんの野菜を摂ることが重要です。
  • タンパク質
    肉類だけでなく、昆虫からもタンパク質を摂取するメキシコ。さまざまな食品からタンパク質を摂取することは、より質の良いタンパク質を摂取することにつながります。日本では一部の地域を除いて日常的に昆虫を食べる習慣がないので、昆虫を食べるのは難しいかもしれません。普段の生活では、肉類、魚介類、乳製品、豆類など、さまざまな種類の食品からタンパク質を摂ることが、より良い筋肉や骨の維持につながります。

【メキシコ料理レシピ】

ワカモレ

メキシコのサルサの一種であるワカモレは、アボカドを基本としており、ディップとしてチップスにつけて食べたり、タコスの具材に入れたりして食べられます。

アボカドを細かく刻む、あるいはフォークなどでつぶしてペースト状にしたもの(メキシコでは石臼とすりこぎのような石でつぶして作ります)に、みじん切りしたトマト、玉ねぎ、にんにく、パクチーを加え、ライムの果汁、チリパウダー、塩で味付けをします。

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