文化講座
食の安全について考える(7)遺伝子組換え食品
2023年9月からは「食の安全について考える」というテーマを取り上げています。私たちは日々、食品を食べて生きており、食生活は、住んでいる場所や気候、個人の生活習慣、好き嫌い、経済状況などを反映しています。いかに食の安全を確保するかは、私たちの健康を左右する大きな要因のひとつです。本シリーズでは、食の安全について考え、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしていきたいと思います。今月は、遺伝子組換え食品を取り上げ、解説します。
【遺伝子組換え食品とは】
遺伝子を人工的に操作する技術を遺伝子工学と言います。遺伝子とは、遺伝情報全体「ゲノム」の中に存在し、タンパク質になる領域のことで、親から子に遺伝します。すなわち、ヒト目の色、動物の毛の色や模様、植物の大きさや形など、それぞれの生物が持つ形や性質などの特徴を決めているものです。
遺伝子工学の中でも、ある生物が持つ遺伝子の一部を他の生物の細胞に導入して、その遺伝子を発現させ、新しい性質を持たせることを遺伝子組換えといいます。この遺伝子組換え技術を用いて品質改良された食品が遺伝子組換え食品です。例えば、害虫に抵抗性を持つトウモロコシや、特定の除草剤で枯れない大豆などが作られています。
【従来の品種改良】
従来、品種改良には長い年月が費やされてきました。古くは、自然に発生する突然変異によってできたものの中から有用なものが選ばれてきましたが、偶然を待つには長い時間がかかることとなります。
そこで、異なる品種をかけ合わせる交配育種が利用されるようになりました。味の良い大豆を作りたい場合、様々な種類の大豆の種を交配させて、味が良い大豆が得られるまで続けるという方法です。味が良く、乾燥に強い大豆を作りたい場合は、味が良い品種と乾燥に強い品種をかけ合わせます。通常、1回の交配で目的の性質を持つ品種が生まれることはなく、交配を繰り返して目的の性質を安定的に持つような品種を確立させます。
例えば、トマトの原種は、毒を持った小さい実しかつけませんが、長い年月をかけた育成の結果、様々な色や形、異なる味のトマトが生まれました(図1)。
また、目的の性質を持つような野生種がいない場合には、放射線照射や化学物質を用いて人為的に遺伝子の突然変異を誘発する方法も開発されてきました。
図1. トマトの原種とアメリカの市場に出回っているトマト
トマトの原種は、毒を持った小さい実しかつけないが、長い年月をかけた育成の結果、様々な色や形、異なる味のトマトが市場に出回っている(アメリカのスーパーマーケットで撮影)
【従来の品種改良と遺伝子組換えの違い】
従来の品種改良、遺伝子組換え共に、性質を変えることが目的であり、それを達成するために遺伝子の情報が変わるという点では、違いはありません。遺伝子組換え技術が従来の品種改良と異なる点は、人工的に遺伝子を組換えるため、目的の性質だけを確実に加えることができることです。また、従来法では、交配できる品種間でしか改良ができなかったわけですが、遺伝子組換え技術を用いることによって、異なる生物間で遺伝子の受け渡しが可能となるため、品種改良の幅が広がることになります(図2)。
図⒉ 従来の品種改良と遺伝子組み換えによる品種改良
従来の品種改良は、目的の性質を持った品種をかけ合わせる(交配する)ことによって行われてきた(左)。この方法では、目的の品種が安定して得られるまで交配を続けることとなり、時間がかかる。一方、遺伝子組換え技術を用いることによって、乾燥に強い遺伝子を味の良い品種に効率良く組み込むことができるため、時間が短縮できる(右)。遺伝子組換えの場合、目的の遺伝子は、必ずしも同じ生物由来とは限らない。
【日本での遺伝子組換え食品】
現在、日本国内では遺伝子組換え作物の商業栽培は行われていませんが、日本で安全性が確認され、販売・流通が認められているのは、大豆、じゃがいも、なたね、とうもろこし、わた、てんさい、アルファルファ、パパイヤの8食品であり、アメリカなどから輸入されています(表1)。
表⒈ 日本国内において流通・消費されている遺伝子組換え食品の性質と用途
厚生労働省医薬食品局食品安全部「遺伝子組換え食品の安全性について」をもとに作成
【遺伝子組換え食品の安全性】
食品が市場に出る前には、安全性を確保するための仕組みが整えられています。
(1)「食品」としての安全性を確保するために「食品衛生法」及び「食品安全基本法」
(2)「飼料」としての安全性を確保するために「飼料安全法」及び「食品安全基本法」
(3)「生物多様性」への影響がないように「カルタヘナ法」
に基づいて、それぞれ科学的な評価を行い、問題の遺伝子組換え食品のみが日本で流通できる仕組みとなっています。
例えば、害虫に強い遺伝子を組込んだ食品を私たちが食べても大丈夫なのか?という心配があるかもしれませんが、この殺虫性のタンパク質は、ヒトや家畜が食べても胃酸で分解されるため、無害であり、健康被害は確認されていません。
この他、遺伝子組換えを行う前の食品や、組込む遺伝子、遺伝子を組込むために使われるベクター(遺伝子の運び屋)は、よく解明されていて、ヒトが食べた経験があるものか、組込まれた遺伝子がどのように働くか、組込んだ遺伝子から作られるタンパク質がヒトに対して有害でないか、アレルギーを起こさないか、組込まれた遺伝子が間接的に有害物質を作る可能性はないか、食品中の栄養素が影響を受けないか、などのポイントが安全性審査によって確認され、総合的に安全性が判断されています。
【まとめ】
今回は、遺伝子組換え食品について解説しました。従来法と比べて、短時間で効率の良い品質改良を可能とした遺伝子組み換え技術ですが、市場に流通するためには、様々な安全性審査を通過しなければなりません。次回は、近年話題になっているゲノム編集技術とその食品について解説します。
参考資料
- 厚生労働省医薬食品局食品安全部「遺伝子組換え食品の安全性について」
- 厚生労働省医薬・生活衛生局食品基準審査課「新しいバイオテクノロジーで作られた食品について」
- 農林水産省ウェブサイト「生物多様性と遺伝子組換え」