文化講座
第40回 世界の長寿食(3)フランス
世界の食に学ぶ健康長寿の秘訣、3回目はフランスです。WHO(世界保健機関)による2018年の報告では、フランスの平均寿命は82.9歳。前回のシンガポールと同じく(第39回「世界の長寿食(2)シンガポール」)、日本、スイス、スペインに次ぎ、世界第4位の長寿国です。
世界三大料理のひとつであるフランス料理。2010年には、一国の料理として初めてユネスコ無形文化遺産に登録されました。何世紀にもわたってフランス独自の美食様式を確立し、伝統を築き上げてきた賜物と言えるでしょう。今回は、そんなフランスの食事から長寿の秘訣を学びましょう。
【フランスの基本知識】
正式名称フランス共和国。本土は西ヨーロッパに位置し、南は地中海、北は大西洋と北海に面しています。本土だけで日本の1.8倍ほどの広さがありますが、人口は日本の約半分にとどまります。
緩やかな起伏の平野が多くを占め、全体的に温暖であるため、農作物を育てやすい環境にあるのが特徴です。
世界有数の観光都市である首都のパリには、エッフェル塔や凱旋門、世界三大美術館であるルーブル美術館、オペラ座など、見どころがたくさん。フランスの北部には、発泡性ワインであるシャンパーニュの故郷・シャンパーニュ地方や、ドイツやスイスの文化を感じられるアルザス地方が、南部にはリゾート地として有名なニースや、フランス最大の港町であるマルセイユなどがあります。
この他、ワインの産地としてボルドー地方、ブルゴーニュ地方、ロワール地方などが有名であり、ワインの生産高はイタリアやスペインと並び、世界で最も生産量の多い国のひとつです。
【EU最大の農業国】
国土の約半分は農業用地であるというフランスは、EU最大の農業国であり、「ヨーロッパのパン籠」とも称されています。パンを作るのに欠かせない小麦の他、大麦、トウモロコシ、ジャガイモ、てんさい、畜産では、牛肉、豚肉、生乳、チーズを主に生産しています。ほとんどの農産物において世界上位10位以内の生産量を誇り、世界有数の農作物輸出国でもあります。他国に輸出できるのは食料自給率が高いからであり、農林水産省「食料需給表」によるとフランスにおけるカロリーベースでの食料自給率は127%となっています。ちなみに日本の自給率は38%しかなく、他国からの農産物の輸入に頼らざるを得ないのが現状です。
フランスを含むEUでは、Common Agricultural Policy:CAP(共通農業政策)という農業政策が講じられており、農家への所得補助や市場施策、環境保全、競争力強化などの取り組みが進められています。日本と同じく、フランスでも高齢化が進んでいるため、農業に携わる人の人口が減少し続けていますが、これを解決するために、CAPがあります。生産力が高い農業、競争力がある農業、持続可能性がある農業を目標として、EU全体で取り組んでいるのです。
【ワイン】
フランスといえばワインを思い浮かべる人は少なくないでしょう。誰もが聞いたことのある、ボルドーやブルゴーニュなどのワインの名産地があります。これらの地域は世界最高峰の高級ワインを生み出す産地でもあります。フランスワインの主な産地は、ボルドー地方、ブルゴーニュ地方の他に、リースリングで有名なドイツ国境近くのアルザス地方、発泡性ワイン・シャンパーニュの故郷であるシャンパーニュ地方、リヨンから少し南に行ったコート・デュ・ローヌ地方、ロゼワインで有名なプロヴァンス地方、地中海沿岸に沿ってスペイン国境まで広がるラングドック・ルーシヨン地方、フランス最長河川であるロワール川流域・ロワール地方など、フランス全土に存在します。
高価なイメージのあるフランスワインですが、現地では安価でおいしく飲めるワインがたくさん売られており、ワインによっては水を買うよりも安いと現地の人たちが言うほどです。ですから、フランス人にとってのワインは日常的な飲み物であり、食事とともに日常的に飲まれています。
右写真は、シャンパーニュ地方のエぺルネーという街にあるシャンパーニュセラーに出かけた際のもの。英語でのガイドツアーがあり、最後にシャンパーニュを飲ませてくれます。
【赤ワインは健康に良い?】
「フレンチパラドックス」という、フランス人に見られる逆説的な疫学調査結果があります。フランス人は喫煙率が高く、飽和脂肪酸の摂取量が多いなど、動脈硬化性心疾患(動脈が硬くなることによる心臓病)の原因となるような生活習慣があるにも関わらず、実際には心疾患に罹る割合が少ないというのです(図1)。
カベルネ・ソーヴィニョンやメルロー、ピノ・ノワールは、赤ワインを作るための代表的なブドウ品種ですが、これらのブドウが赤いのは、アントシアニンという紫色の成分が入っているから。アントシアニンは、ポリフェノールの一種です。また赤ワインにはレスベラトロールというポリフェノールも含まれます。これらのポリフェノールには、抗酸化作用があり、動脈硬化症を予防する効果や、美肌効果、脂肪分解効果などがあると言われています(第20回「野菜のチカラ」参照)。
図1.コレステロール・飽和脂肪酸の摂取量と心血管疾患による死亡率の相関
(Circulation 88:2771-2779,1993より改変)
赤ワインはブドウの皮や種子を取り除かずに発酵させて作られるため、赤ワインにはポリフェノールが豊富に含まれており、これが動脈硬化症の予防に役立っているのではないかと考えられています。発酵食品としての効果もあるのかもしれません。
では赤ワインをたくさん飲めばいいのでは、と単純に考えてしまうと危険です。適量であれば、血流が良くなりますし、息抜きになるかもしれません。しかし、日本人は欧米人と比べると、アルコールを分解する能力が低いので、飲み過ぎるとアルコールの害が出やすく、注意が必要です。
【チーズ】
フランスはチーズの生産国としても名高いです。ワインと同じくチーズもまた、発酵食品であり、フランス人の食卓には欠かせない食品です。村の数だけチーズの味があると言われるほど、種類が多く、スーパーマーケットでもたくさんの種類の上質なチーズを買い求めることができます。
フランス料理をコースで食べると、メイン料理の後、たくさんのチーズを盛り合わせたトレイが運ばれてきます。これは食後のデザートのようにチーズを楽しむためのものであり、ワインと合わせてその味の変化を楽しみます。
チーズは発酵食品としての整腸作用に加えて、タンパク質やカルシウムを豊富に含みます。タンパク質もカルシウムも、丈夫な筋肉や骨を作るのには欠かせない栄養素であり、チーズはフランス人の長寿の秘訣になっているかもしれません。
【世界三大料理としてのフランス料理】
現代におけるフランス料理の原点は、中世ヨーロッパの王族・貴族間における外交宴席の食事文化です。王族・貴族に仕えた料理人たちは、ヨーロッパの国々を行き来し、名声を競い合いました。
16世紀半ばになると、イタリアの食文化がフランスに伝わり、大きく影響を受けることになります。
フランス革命後、かつて王族・貴族に仕えた料理人たちが街でレストランを開いたことによって、フランスの美食文化が大衆化していったのです。また、料理人たちによる料理本の出版、料理学校の設立などを通じて、各家庭へと食文化が広がりを見せることになります。
レストランガイドブックとしてよく知られるミシュランガイドは、フランスのタイヤメーカーであるミシュラン社によって出版されています。車に乗って旅をする時、知らない街でどのレストランに入って良いか判別するのは難しいもの。ミシュラン社はタイヤ製造会社らしく、ドライブで訪れるであろう街のレストランに星を付けて評価するようになったのです。
ホテルガイドは5段階評価、レストランは3段階評価+アルファで評価され、世界中で出版されています。日本に限っても、毎年出版される東京版、京都・大阪版に加えて、東海版、九州版、北陸版などが特別版として出版されています。
フランス・パリにある代表的な料理学校
【フランス料理コースの食べ方に習う健康長寿の秘訣】
著者はフランス料理を料理学校で習いました(写真)。使われるバターの量を見ると、驚愕の多さです。健康的な量とはかけ離れており、この食生活に健康長寿の秘訣があるようには思えません。
では、食べ方はどうでしょう?食べ方とは、食べる順番。フランス料理のコースは、日本の懐石料理によく似ています。フランス料理の主な流れは、前菜、温かいスープ、魚料理、肉料理、チーズ、デザートです。前菜を食べることで、胃腸の準備運動をし、温かいスープで体を温めておきます。この後パンが出てきますが、パン(炭水化物)を最初に食べてしまうと血糖値が急激に上がってしまうので、前菜とスープであらかじめ緩やかに血糖値を上げるようになっているのです。パンは少しずつ食べながら、魚、肉とタンパク質を摂ります。チーズを食べた後にデザートを食べるので、甘いものを食べても、ここで急激に血糖値が上がることはありません。
最近、急激な血糖値の上昇が、糖尿病の悪化や、血管を傷つけて動脈硬化症の発症につながることが明らかにされてきています。いかに血糖値を緩やかに変動させるかが大事なので、食べる順番に気をつけることは、私たちの生活にも取り入れられることと思います。
【フランスの家庭料理】
フランス人が美食としてのフランス料理を毎日食べているかというと、そうではなく、家庭料理はそれをもっと簡単にしたもの。この家庭料理にこそ、健康の秘訣がありそうです。
(キッシュ・ロレーヌ)
キッシュ・ロレーヌはロレーヌ地方の郷土料理。家庭でも簡単に作ることができます。卵や生クリーム、野菜をたっぷり入れたキッシュは、これだけで栄養バランス良く食べることができます。
(パテ・ド・カンパーニュ)
パテと言えば、肉類を香草で味付けしてオーブンで焼く料理で、レストランで食べるコースのフランス料理やビストロ料理としても有名ですが、パテ・ド・カンパーニュ(田舎風パテ)として家庭でも食べられます。パテには、豚肉や鶏肉のレバーが入ることが多く、貧血予防に役立っていると考えられます。また、ナッツやドライフルーツが入っており、食感を楽しむこともできますし、オーブンで焼くため、油やバターの使用量を控えつつ、食べられるのも健康維持に良いのでしょう。
(ドフィノワ)
リヨン近くのドフィネ地方は、グラタン発祥の街。ジャガイモのグラタンは「グラタン・ドフィノワ」といい、ドフィネ地方の郷土料理です。ジャガイモに含まれる熱に強いビタミンCと食物繊維、牛乳に含まれるタンパク質とカルシウムを摂ることができます。
(ラタトゥイユ)
ニースの定番料理であるラタトゥイユは、夏野菜であるナス、ズッキーニ、パプリカ、トマトや玉ねぎを煮込んだ料理で、カラフルな野菜にはビタミン類や食物繊維が豊富に含まれます。野菜不足になりがちな私たちの食生活にも是非取り入れたい食事メニューです。ラタトゥイユは、イタリアで食べられるカポナータとよく似た料理です。レシピは、第7回「高血糖と糖尿病」を参照ください。
(ブイヤベース)
フランス最大の港町・マルセイユと言えば、ブイヤベース。魚介類と野菜の煮込み料理です。魚介類に含まれる良質のタンパク質と脂質に、根菜類が組み合わさって、こちらもまた、健康長寿のための食事として取り入れたいメニューです。
【まとめ・フランスの食に学ぶ長寿の秘訣】
フランスの食に秘められた健康長寿の要素、私たちの日々の生活に取り入れられるものは見つけられたでしょうか。日本料理とは大きく異なるように感じるフランス料理ですが、その中に隠された健康に生きるための本質は、私たちの生活にも反映することができるかもしれません。
・チーズ
とにかくチーズの消費量が多いフランス。一般家庭でもよく食べられますが、タンパク質とカルシウム、ミネラルを摂取することができ、骨や筋肉の維持に大きく貢献していると考えられます。全身の健康は足腰の健康から!チーズなどの乳製品を摂取し、運動をして足腰が衰えないようにしましょう。ちなみに、カビタイプのものは塩分含量が多いので、食べ過ぎには気をつけましょう。
・適量の赤ワイン
赤ワインにはポリフェノールが含まれ、健康効果があると言われていますが、フランス人と日本人では、そもそもの体質が異なります。適量を知り、決して飲みすぎないように。飲むならば、食事の最初からではなく、少しお腹が落ち着いてきた頃か、食後に、少しだけ飲みましょう。
・食べる順番を工夫する
お腹が空いている時には、甘いものや炭水化物を真っ先に食べたくなるのが、本能です。しかし、それをグッと堪えて、スープや野菜から食事を開始しましょう。落ち着いてきたら魚や肉を食べ、なるべくご飯やパンなどの炭水化物は食事の後の方で食べます。そうすることで、血糖値の急激な上下変動をなくし、糖尿病や高血圧などの生活習慣病を予防します。
・栄養バランスよく食べる
フランス料理といえばバターたっぷり、お肉が多いイメージですが、家庭料理はそうでもないということがおわかり頂けたと思います。乳製品や魚介類からもタンパク質を摂取しますし、肉類を食べる時にもオーブンで焼いたり、煮込んだりと、油の摂取を控えることができます。また、同時に野菜をたっぷり食べることを意識しましょう。
【フランス料理レシピ】
キッシュ・ロレーヌ
1cm角に切ったベーコン、5cm長さに切って茹でたほうれん草、千切りした玉ねぎ、薄切りしたマッシュルームをフライパンで炒めておきます。別ボウルには、キッシュの生地を作っておきます。
キッシュの生地は、無塩バター、小麦粉、塩、卵を混ぜて、少し寝かせた後、タルト型に伸ばします。あらかじめフライパンで準備しておいた材料を伸ばした生地の上にのせ、卵、牛乳、生クリームを混ぜて流し込んだら、チーズをたっぷりのせて、180℃のオーブンで30分間ほど焼きます。
パテ・ド・カンパーニュ
フライパンにオイルを熱し、みじん切りした玉ねぎとニンニクを炒め、流水によくさらした鶏レバーを加えます。レバーの色が変わったら、赤ワインを加え、手早く煮た後、冷まします。これをフードプロセッサーにかけ、ペースト状にしたら、豚肉と鶏肉のひき肉、ローズマリー、お好みのナッツとドライフルーツ、塩こしょうを加えて混ぜ、パウンドケーキの型に流し入れて180℃のオーブンで約45分間焼きます。