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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

栄養と代謝(3)糖質の代謝異常による病気

第62回から始まったシリーズ「栄養と代謝」では、私たちの健康に必要な栄養素とその代謝について基礎から学び、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしていきます。

シリーズ3回目は、糖質の代謝異常によって引き起こされる病気について解説します。

【糖尿病】

糖質の代謝異常による病気と聞いて、真っ先に思い浮かべるのが糖尿病でしょう。糖尿病は主に、①血糖値を下げるホルモン・インスリンの分泌不全によって起こる1型糖尿病と、②インスリン分泌低下に加えて、過食や運動不足など、生活習慣の悪化に伴うインスリン抵抗性(インスリンの効きが悪くなる状態)によって起こる2型糖尿病に分けられます(第7回「高血糖と糖尿病」参照)。

通常、食事によって血液中に増えた糖(グルコース)は、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの作用によって肝臓や筋肉、脂肪組織などに取込まれ、結果的に血糖値が低下します。しかし、インスリンの分泌不全あるいはインスリン抵抗性が原因で、糖が血液中から除去されないと、すなわち、糖の代謝が正常に行われない状態が続くと糖尿病になります。

(食後高血糖)
食事の後は、誰しも血糖値が高くなりますが、通常はインスリンの作用によって、食後約2時間以内には正常な血糖値に戻ります。一方、食後2時間を過ぎても血糖値が高い状態(140mg/dl以上)を「食後高血糖」と言い、この状態が続くと、糖尿病の発症につながるだけでなく、血管が傷つきやすく、動脈硬化症(動脈硬化により発症する心臓病や脳卒中など)を引き起こすリスクが高まります。

(食後高血糖を予防する食べ方①食べる順番)
白米、魚、肉を食べる順番によって、どう食後の血糖値上昇が異なるかという研究の結果、魚や肉を先に食べてから白米を食べると、白米を先に食べるよりも食後の血糖値上昇が抑制されることが報告されました(Diabetologia 2016; 59(3): 453-461)。懐石料理では、前菜、汁、魚、焼き物、煮物、強肴が終わってから最後にご飯を食べますし、フランス料理でも、前菜、スープの後にパンが提供され、魚や肉と共にゆっくりと炭水化物を食べます。このような食べ方は、食後高血糖を予防するために理想的な食べ方であると言えます。日常の食生活の中でも、まずご飯やパン、麺類を食べるのではなく、タンパク質や汁物、野菜などを先に食べてから炭水化物を食べるようにすると、食後高血糖を抑制できて良いでしょう。

(食後高血糖を予防する食べ方②血糖値を上げにくい食品)
食後の血糖値上昇の指標として、グリセミックインデックス(GI)があり、食品ごとにGI値が設けられています(図1)。GIの低い食品は食後の血糖値上昇を緩やかにする一方、GI値の高い食品は食後高血糖をもたらしやすいため、低GI食品を食生活に取り入れる、低GI食品を先に食べるようにするなどすると、食後高血糖を回避できるでしょう。

図⒈食品のGI値
食後の血糖値上昇の指標として、グリセミックインデックス(GI)が使われている。指標として、グリセミックインデックス(GI)があり、食品ごとにGI値が設けられています。GIの低い食品は食後の血糖値上昇を緩やかにする一方、GI値の高い食品は食後高血糖をもたらしやすい。

【肥満】

糖質は、私たちの体にとっての重要なエネルギー源である一方、体を十分に動かしていない場合、余剰となった糖質は肝臓や筋肉に取り込まれてグリコーゲンとして貯蓄されるか、中性脂肪として蓄積されます。中性脂肪となって蓄積される場合、主には脂肪細胞がその蓄積場所として利用されるため、過剰な糖質の摂取は肥満の原因となります。

(皮下脂肪と内臓脂肪)
肥満には、皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満があります。図2はお腹(へその位置)の断面写真で、青い部分が皮下脂肪、赤い部分が内臓脂肪です。皮下脂肪は文字通り皮膚の下についている脂肪であり、お腹をつまむと手でつまめます。一方、内臓脂肪は皮下脂肪の下にある腹膜に覆われており、腸などの内臓の周りに付いているため、手でつまもうと思ってもつまめません。

皮下脂肪が多い「皮下脂肪型肥満」は、お腹だけでなく、お尻から太ももにかけて沈着します。洋梨のように下半身が大きくなるため、一般的には「洋ナシ型」と呼ばれ、女性に多いタイプ。一方「内臓脂肪型肥満」は内臓に沈着するため、お腹がポッコリと出ることから「リンゴ型」と呼ばれ、男性に多いタイプです。

図⒉皮下脂肪型肥満と内臓脂肪型肥満
皮下脂肪型肥満は「洋ナシ型」と呼ばれ、女性に多い。一方、内臓脂肪型肥満は「リンゴ型」と呼ばれ、男性に多い。内臓脂肪型肥満はメタボリックシンドロームの基盤症状となっているため、内臓脂肪を溜め込みすぎないように気をつける必要がある。

(内臓脂肪型肥満はメタボリックシンドロームの元)
内臓脂肪型肥満をきっかけに、脂質代謝異常や高血圧、高血糖が重なって発症するのが、メタボリックシンドローム。メタボリックシンドロームになると、動脈硬化症が発症するリスクが高まります(図3)。

内臓脂肪型肥満は、おへその位置で体を輪切りにしたときの内臓脂肪面積が100cm²を超えている場合を指します。そして、内臓脂肪面積を測定する代わりに簡易的に使われるのが、おへそ周りのウエスト周囲径です。男性は85cm、女性は90cm以上あると、内臓脂肪型肥満となります。これに高トリグリセライド(中性脂肪)血症、低HDLコレステロールのいずれかまたはいずれも、高血圧、空腹時の高血糖のいずれか2つが重なっている場合、メタボリックシンドロームと診断されます(図3)。

図⒊メタボリックシンドロームとその診断基準
メタボリックシンドロームは肥満、特に内臓脂肪型肥満を基盤病態として、脂質代謝異常や糖尿病、高血圧が重なって発症し、動脈硬化による心臓病や脳卒中などの発症リスクを高める。

【がん】

近年、がんと糖代謝の関連性が明らかになりつつあります。がん組織は、急速に大きくなるため、血管新生が追いつかず酸素濃度が低くなっている領域があります。通常の組織であれば血管がないと酸素が不足するため、生存することができませんが、ドイツの生理学者であり、医師であるオットー・ワールブルクは、がん細胞が酸素の有無に関わらず、糖さえあれば生存できることを報告しました。正常な肝臓の細胞と比べて、肝がん細胞では糖の消費量が10倍も多いことを証明し、その現象は「ワールブルク効果」と呼ばれます。1931年にはノーベル生理学・医学賞を受賞されました。

この報告から100年弱が経ち、現在では、糖代謝を改善し、糖尿病治療薬として使われているメトホルミンにがんの増殖抑制効果があることが明らかになってきました。メトホルミンは、全身の糖代謝を改善することによって血糖値やインスリンの分泌量を低下させ、がんの増殖に必要な糖の供給を妨げることでがんの増殖を抑制します。それだけではなく、メトホルミンはがん細胞に直接作用して細胞の増殖に必要なシグナルを抑制するというのです。今後、さらに研究が進んで、糖代謝を改善することが、がん治療法として確立していくことが期待されます。

【まとめ】

今回は、糖質の代謝異常による病気について解説しました。食事の順番や、食品の選び方を工夫することで食後高血糖を回避することが大切であり、高血糖を予防するためには、運動によって血糖を取り込ませる筋肉を鍛えることも必要です。今日から食事や運動の内容に気をつけてみましょう。

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