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インターネット公開文化講座

文化講座

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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第60回 老いるオイルと老いないオイル(11)脂質と腸内細菌

第50回から始まったシリーズ「老いるオイルと老いないオイル」では、脂質について基礎から詳細に知り、ご自身の食生活にどう活かせるか、考えていきます。

シリーズ11回目は、脂質による腸内細菌の変化と、それに伴う健康への影響について解説をします。

【腸内細菌と私たちの健康】

私たちの腸の中には、1,000種類以上、100~1,000兆個以上の腸内細菌が存在するとされ、その重量は1.5~2kgにものぼるとされています(第11回「腸から超健康へ!」参照)。この腸内細菌の集団を腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)と呼び、善玉菌、悪玉菌、日和見菌の3種類に大別することができます。善玉菌:悪玉菌:日和見菌は、理想的には3:1:6の割合で存在すると良いとされますが、この腸内細菌叢のバランスは、不規則な生活、ストレス、便秘など、様々な要因によって大きく影響を受けます。近年の研究によって、私たちが何を食べるかによっても腸内細菌叢のバランスが大きく変容することも明らかになってきました。また、変化した腸内細菌叢の構成によって、腸内細菌が作り出す代謝物も変わってくるため、私たちの健康にも大きな影響が出てくると考えられています。

【脂質による腸内細菌の変化】

「老いるオイルと老いないオイル」シリーズでは、脂肪酸の質について取り上げ、飽和脂肪酸やオメガ6系多価不飽和脂肪酸の摂取を控えて、オメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取を増やしましょうとお伝えしてきました。最近の研究では、どのような脂質を摂取するかが、腸内細菌叢の構成にも影響することが明らかになってきました。実験動物のマウスに、同じカロリーの食事でありながら、一方は脂質源をラードとする食餌を、もう一方は脂質源を魚油とする食餌をさせると、それぞれの動物の腸内細菌叢が大きく異なることが明らかになりました。ラードのような動物性脂質を摂取すると肥満や糖尿病になりやすい腸内細菌が増える一方で、魚油を摂取すると太りにくく、糖尿病になりにくい腸内細菌を維持するというのです(Cell Metabolism 22:658-668,2015)。

また、マウスに限らず、ヒトにおいても継続的に、あるいは多量に動物性脂質を摂取すると腸内細菌叢が大きく変化し、腸管免疫機能が低下することが報告されています。その理由として、動物性脂質の摂取が善玉腸内細菌の機能を低下させていると考えられています(Mol Cell 64:982-992,2016)。

【腸内細菌の変化による健康への影響】

腸内細菌を持たない無菌マウスに、正常体重のマウスの腸内細菌、あるいは肥満マウスの腸内細菌を移植させると、正常体重のマウスの腸内細菌を移植したマウスは正常体重を維持するのに対し、肥満マウスの腸内細菌を移植したマウスは肥満になることが報告されています(図1.Nature 44:1027-1031,2006)。

図⒈ 正常体重マウスと肥満になりやすいマウスの腸内細菌の違い
腸内細菌が存在しない無菌マウスに正常体重のマウスの腸内細菌を移植すると、正常体重を維持するのに対し、肥満マウスの腸内細菌を移植するとマウスは肥満になる。

このように、腸内細菌の変化が宿主の健康に大きく影響するのはどうしてでしょうか?
それは、腸内細菌が私たちの健康に影響を及ぼすような代謝物を作り出すからだと考えられています。すなわち、善玉腸内細菌は「発酵」によって、私たちの体に良い働きをする物質を作り出してくれており、悪玉腸内細菌は「腐敗」によって、私たちの体に悪い影響をもたらす物質を作り出しているというわけです。

例えば、赤肉にはカルニチンという物質が含まれており、脂質の燃焼に関わっていますが、食べ過ぎると一部の腸内細菌がカルニチンを分解して、腸内でトリメチルアミン(TMA)という物質に変換します。TMAはさらに酸化されてトリメチルアミンN-オキシド(TMAO)という物質に変換されます。このTMAOは、動脈硬化を促進することが既に知られており、肉食生活を送っている人が動脈硬化症を発症しやすいというのは、腸内細菌を介した作用であることが明らかになったのです(Nat Med 19:576-585,2013)。

一方、善玉腸内細菌は、食物繊維などを餌にして、炭素数が2~6の脂肪酸である短鎖脂肪酸を作り出します。酢酸や酪酸、プロピオン酸のような短鎖脂肪酸は、すばやくエネルギー源となるだけでなく、腸管から吸収されて全身の健康維持に関わることが明らかになってきました。その例として、腸内細菌によって作り出された短鎖脂肪酸が交感神経を活性化してエネルギー消費量を増加することや、食欲抑制ホルモンの分泌を誘導して食欲が増えすぎないようにすることが報告されています。また、免疫細胞に作用して、炎症を抑制するような効果を発揮したり、腸管免疫を高めたりする効果もあると報告されています。

【プレバイオティクスとプロバイオティクス】

私たちが食べているものは腸内環境に影響し、腸内細菌叢の構成を変えること、一方で、腸内細菌叢の変化によって、私たちの体や健康に影響がもたらされることを解説してきました。健康的な腸内環境の維持のために、プレバイオティクス、プロバイオティクスが大切だと、最近よく耳にするようになりましたが、プレバイオティクス、プロバイオティクスとは何のことでしょうか。

プレバイオティクスとは、有用な腸内細菌を育てるための栄養源、あるいは有害な細菌の増殖を抑制するような食品成分のことを指します。すなわち、腸内細菌叢を健康的なバランスに保つもの、あるいは人の健康の増進に役立つ食品成分のことであり、オリゴ糖や食物繊維などがあります。

一方、プロバイオティクスとは、腸内細菌叢のバランスを改善することによって宿主の健康に良い影響を与える腸内細菌のことを指し、乳酸菌やビフィズス菌が含まれます。

プレバイオティクスとプロバイオティクスを組み合わせて「シンバイオティクス」と言い、バランスの良い腸内細菌叢の維持に重要なプレバイオティクスの食品と、良い菌であるプロバイオティクスを併せて摂取することにより、より効果的に腸内環境を整え、健康増進に役立てようという考え方です(図2)。食物繊維が豊富な食品やオリゴ糖を含む大豆や玉ねぎ、野菜類を食べること、乳酸菌やビフィズス菌を含む発酵食品として、ヨーグルトやぬか漬け、チーズなどを組み合わせて食べると、良いと考えられます。日々の食生活に取り入れてみましょう。

図⒉ プレバイオティクスとプロバイオティクス
有用菌が育ちやすい腸内環境を作るためのプレバイオティクス食品と、有用菌そのものであるプロバイオティクス食品を組み合わせて食べることでより効果的に腸内環境を整え、健康増進に役立てることができる。これをシンバイオティクスと言う。

【食物繊維を手軽に食べられるレシピ】

最近話題のオートミールは、オーツ麦を加工して食べやすくした食品です。オーツ麦には水溶性の食物繊維が豊富に含まれるほか、カルシウムや鉄分、ビタミンBも含まれています。食物繊維による腸内環境改善の効果が期待できるだけでなく、肥満や糖尿病などのメタボリックシンドロームの予防にも効果的であると考えられます。

(材料・1人分)

  • オートミール           1/2 カップ
  • 牛乳               1 カップ
  • りんご              1/4 個
  • アーモンド            大さじ1~2
  • カシューナッツ          大さじ1~2
  • シナモン             適量
  • はちみつ             適量

(作り方)

  1. 1)耐熱ボウルにオートミールと牛乳を入れ、軽く混ぜた後、電子レンジで2~3分温めます。
  2. 2)①を取り出し、よく混ぜて水分が少なくなるまで待ちます。
  3. 3)一口サイズに切ったりんごとナッツをのせ、シナモンとはちみつをかけてできあがり。

【まとめ】

今回は、私たちが食べるもの、特に脂質の摂り方によって腸内細菌叢のバランスが変わること、そして腸内細菌が作り出す脂質などを介して、私たちの健康状態が影響を受けることについて解説しました。腸内環境の観点からも、肉食ばかりの生活ではなく、魚介類や野菜、発酵食品などを摂取して、健康的に過ごしたいものです。

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