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文化講座

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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第42回 世界の長寿食(5)イタリア

2021年という新しい年を迎え、読者の皆様には、ますます健康に、幸せにお過ごし頂けますよう、心よりお祈り申し上げます。

世界の食に学ぶ健康長寿の秘訣、5回目はイタリアを取り上げます。WHO(世界保健機関)の2018年の統計によると、イタリアは世界で8番目の長寿国で、平均寿命は82.8歳です。
長寿国の食習慣から、健康の秘訣を学んで、今年も健康に過ごしましょう。

【イタリアの基本知識】

正式名称はイタリア共和国。地中海に突き出した長靴型をしたイタリア半島と、サルデーニャ島、シチリア島などの周辺の島々からなります。南北に長く、北部はフランスやスイス、オーストリアなどと隣接、中南部は地中海やアドリア海に面しており、長い海岸線を持つのが特徴です。

イタリアはルネサンスやオペラの発祥の地であり、芸術や文化において大きな影響力を持ちます。
また、イタリアには50を超えるユネスコ世界遺産が存在し、世界で最も世界遺産の多い国のひとつです。ローマのコロッセオや遺跡のほか、フィレンツェやヴェネツィアは街自体が世界遺産になっていますし、アマルフィの海岸なども世界遺産に登録されています(写真1)。


写真1.イタリアにあるユネスコ世界遺産
左からローマのコロッセオ、ポンペイの遺跡、ヴェネツィア

【イタリアの食の特徴】

イタリアといえば地中海式ダイエット(第8回「地中海式ダイエット」参照)の印象が強いですが、南北に長いため、地域によって食文化が大きく異なります。南部は温暖で、トマトやレモン、オリーブオイルを使った料理が多く、魚介類の消費量が多いのが特徴で、これらは地中海式ダイエットの特徴でもあります(写真2)。また、アフリカ大陸に近いシチリア島では、パスタやパンなどの小麦製品のほかに、主食としてクスクスが食べられます。一方、北部は米の産地であるため、主食には小麦製品のほかに米を食べます。また、オリーブオイルではなくバターを使った料理が多く、チーズの消費量が多いのが特徴です。


写真2.イタリアの市場で売られている魚
魚の種類が多いだけでなく、エビ、カニ、タコ、貝類も買うことができます

【スローフード発祥の地】

イタリアはスローフード発祥の地でもあります。スローフードとは、その土地の伝統的な食文化や食材を大事にしようという考え方です。1986年にイタリアのピエモンテ州にある「ブラ」という小さな村で始まりました。短時間で提供されるファストフードは、大量生産されるため、画一化された味になりがちで、保存料などの添加物も使われます。そんなファストフードの勢いに流されないよう、その土地の食材を使い、各家庭の味を大切にしつつ、家族が一緒に食事をするという、それまでのイタリアの習慣を大事にすることが運動として始まりました。

スローフード運動の3つの指針は以下の通りです。

  • ①消えていく恐れのある伝統的な食材や、質の良い食品、酒を守ること
  • ②質の良い素材を提供する生産者を守ること
  • ③子どもたちを含め、消費者に味の教育をすること

家庭によって食事の味や食べ方が異なるのはどの国でも同じですが、イタリアでは、「マンマの味(=お母さんの味)」とよく言います。イタリアの家庭を訪ねると、家庭での食事を楽しんだり、簡単なものでも良いので手作りしたり、季節の食材を保存食にしておいたりと、食に重きを置いていることを感じ取ることができ、他の国と比べて、より家庭の味を大事にしているように見受けられ、スローフード運動の影響を受けているものと思われます。

筆者が夏に訪れたシチリア島の家庭では、ナスを使った料理を教えてもらいました。薄切りにした米ナスのような大きなナスをピザ生地に見立てて、トマトソースを塗り、アンチョビとバジルソース、チーズをのせて、オーブンで焼くだけの簡単な料理(写真3)。トマトソースとバジルソースはその家庭で作られたものでした。短時間で作ることができる簡単な料理のように見えても、実はとても手がかかっています。手作りすることで、どうやって料理が作られるのか、味付けされるのかを子どもたちが知る良い機会になりますし、家族で一緒に食事しながら、日々の出来事を話し合う場にもなります。


写真3.ナスを使った簡単イタリア家庭料理
薄切りにしたナスに、トマトソース、アンチョビ、バジルソース、チーズをのせてオーブンで焼くだけのお手軽料理

【旬の食材と保存食】

今や、イタリア料理にはトマトが欠かせない存在となっていますが、元来ヨーロッパでは栽培されておらず、16世紀になって、メキシコから輸入されました。温暖なイタリアであっても自然にトマトが育つのは夏だけ。冬が来ると市場からトマトはなくなるそうです。つまり、温室栽培などはせず、旬のものは旬の時に食べようというスローフードの考えが根幹にあるものと考えられます。食材が旬を迎える時には、栄養価が最も高くなるため、旬の食材を食べることは健康効果も高いのです。

では、冬の時期にはトマトを全く食べないの?いえ、そんなことはありません。夏の時期に収穫したたくさんのトマトはドライトマトやトマトペーストにして保存します。ドライトマトは半分に切って種を出し、乾燥させます。トマトペーストは湯むきしたトマトを細かく刻み、ニンニクと玉ねぎをオリーブオイルで炒めておいたところに入れて、塩胡椒で味付けして煮ます。

バジルが育つ時期も限られていますが、バジルペーストにしておけば、年中使うことができます。
オレガノは乾燥させて年中使います。

さらに、キュウリやセロリはピクルスにして保存します。ピクルスは日本でいうぬか漬けのようなものです。野菜には乳酸菌が付着しており、保存食を作ることによって、乳酸発酵されます。イタリアでよく食される生ハムやサラミ、アンチョビ、チーズ、ワインも発酵食品。ピザの生地もパンも、小麦粉に酵母を入れて発酵させて作ります。イタリア人は、日常的に多様な発酵食品を食べていることになるのです。

【フランス料理の原型となったイタリア料理】

イタリア料理はフランス料理の原型となっています。16世紀、フレンツェの大富豪メディチ家からカトリーヌがフランス王室に嫁いだ際、たくさんの料理人を連れて行きました。それによってフォークやナイフで食べる、コースで出されるというフランス料理が確立され、今や世界三大料理のひとつになっているのです。

イタリア料理のコースは以下のような順番で出てきます。フランス料理や日本の懐石料理と同様、主食である炭水化物が出てくるのは、食事を始めてしばらく経ってから。タンパク質や脂質、野菜類を先に食べることで、血糖値の急激な上昇を防ぐことができます。食べる順番を変えて、血糖値をコントロールするのは、私たちも普段の食事に取り入れられそうですね。また、時間をかけて味わうというのもスローフードの考えに沿うものとなっています。

  • アペリティーヴォ
    食前酒。Appetite(アペタイト=食欲)に由来するもので、食欲を増進させるために食前に少しのお酒を飲むことが多いです。発泡酒やカンパリなどが飲まれます。
  • アンティパスト
    前菜。生ハムやサラミ、ヴェネツィア発祥のカルパッチョ、カプリ島発祥のカプレーゼ、野菜のマリネなどの冷たい前菜の場合もありますし、フリット(揚げ物)などの温かい前菜の場合もあります。
  • プリモピアット
    一皿目の主菜。スープ、パスタ、リゾット、ポレンタ(とうもろこし粉で作られる粥のようなもの)などが食べられます。
  • セコンドピアット
    二皿目の主菜。メインディッシュとして、肉料理あるいは魚料理が食べられます。
  • コントルノ

    サラダや、野菜のグリルなどの副菜のことをさします。セコンドピアットの付け合わせとして一緒に食べることもあります。コントルノなしでは野菜が不足しがちになってしまうため、ここで野菜を補うという意味もあります。

    ちなみにイタリアのレストランでサラダが提供される場合、ドレッシングがかかっていないのが一般的です。その際は、テーブルの上に出された塩とオリーブオイル、ビネガー(酢)を好みでかけて食べましょう。

    このスタイルは、普段の生活にも取り入れられそうですね。手作りドレッシングは、酢と油を等量混ぜたところに塩分を加えるとおいしくできます。酢は、ワインビネガーでも良いですし、レモンでも良いです。家庭に穀物酢しかなければ、それでも良いです。油はオリーブオイルを使うとイタリア風に、ごま油を使うと中華風になります。塩分は塩でも良いですし、和風や中華風に仕上げたいときは醤油を使うのも良いでしょう。

  • ドルチェ
    イタリアではデザートのことをドルチェと言います。イタリアンレストランでは、ティラミスやパンナコッタ、ジェラートなどが提供されることが多いです。
  • カフェ
    コーヒーのことですが、イタリアではエスプレッソを飲むのが一般的です。
  • ディジェスティーヴォ
    食後酒。Digestion(ダイジェスション=消化)に由来し、食後の消化を促進するためにリキュールやグラッパなどを少量飲むことがあります。イタリア南部はレモンの産地であることから、リモンチェッロというレモンのリキュールをよく見かけます。

【まとめ・イタリアの食に学ぶ長寿の秘訣】

イタリアの健康長寿の秘訣は、スローフード。旬の食材や、家庭での食を大切にし、ゆっくりと時間をかけて食べることです。自分で野菜を育てたり、保存食を作ったりしようと思うと、労力が必要です。毎日朝から夜まで会社で仕事をしていると、なかなか食に時間を割くことができないかもしれません。しかし、忙しい日々をお過ごしの皆様にも、今より少しだけ食にかける時間を多くとって頂き、食を大切にして頂きたいと思います。それこそが、一番の健康長寿のための取り組みかもしれません。

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