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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第43回 世界の長寿食(6)香港

世界の食に学ぶ健康長寿の秘訣、6回目は香港を取り上げます。香港は国ではないので、WHO(世界保健機関)からは報告されていませんが、世界の開発とそれに対する援助のための国際連合総会の補助機関であるUNDP(United Nations Development Programme:国際開発計画)は、国・地域別の寿命を調べており、2019年には2018年時点の香港の平均寿命が84.7歳であることを報告しています。同じ報告によると、日本の平均寿命は84.5歳なので、日本全体よりも香港の方が、わずかながら平均寿命が長く、香港は世界一の長寿の街として注目されています。それでは、香港の食生活から、長寿の秘訣を考えてみましょう。

【香港の基本知識】

香港の正式名称は、香港特別行政区であり、中華人民共和国の南部に位置します。1842年から断続的に150年以上もの間、イギリスの植民地であったことから、イギリスを始めとするヨーロッパ文化の影響を少なからず受けています。自由貿易地域であり、東京、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールなどと並ぶ世界都市のひとつでもあります。

香港は、香港島、九龍半島、新界と、周囲の260以上の島を含みます。香港で最も有名な景色は、香港島と九龍半島の間にあるヴィクトリア・ハーバーと呼ばれる湾であり、世界三大夜景のひとつです。高層ビルには世界各国の大企業がネオン看板を掲出しているのが特徴的です。

華人と呼ばれる中国系が人口の9割程度を占める一方、かつての統治国であるイギリスから移住した人や、日本人、フィリピン人、インドネシア人なども居住しています。


写真1.ヴィクトリア・ハーバーにて

【香港の食の特徴】

香港の人口のほとんどは中国系であることから、中国系の料理が主に食べられます。また、イギリス統治時代の影響を受け、イギリスやヨーロッパの食文化も取り入れられました。例えば、イギリス発祥で、イギリス上流階級の茶文化であるアフタヌーン・ティーはそのひとつです。さらに、イギリスの植民地であったインドから香港に働きに来ていた人もおり、インド料理も食べられます。

フランスのミシュラン社によって出版されている「ミシュランガイド」は、世界の様々な都市のホテルとレストランを評価、案内するガイドブックですが、香港・マカオ版も出版されています。このことから、香港の食が世界的に注目されていることがわかります。

【薬食同源・医食同源】

香港や中国には、古くから「薬食同源」という考えがあります。病気を予防あるいは治療するための薬と食事が同じ源であるという考えであり、日本では「医食同源」と言われます。英語でも「We are what we eat(私たちは私たちが食べたものでできている)」と言います。つまり、私たちの体を構成している細胞は一定周期で新しいものに置き換わるのであって、日々食べるもので形成されているのだ。健康なものを食べていれば健康な体を作ることができ、一方で不健康なものを食べ続けていれば不健康な体になってしまうというわけです。

私たちの体の健康維持には、糖質(炭水化物)、タンパク質、脂質(脂肪)が必要であり、三大栄養素として、食事からバランス良く食べることが重要です(図1)。

これら三大栄養素を体の中で効率良く代謝するために必要な栄養素がビタミンとミネラル。糖質、タンパク質、脂質は、体の中で酵素によって消化され、エネルギーに変換されます(代謝)。この時に酵素の補助をするビタミンとミネラルが不足すると、代謝効率が落ちるため、太りやすくなったり、体の機能が低下したりします。三大栄養素にビタミンとミネラルが加わったものを五大栄養素と言います。


図1.食事を構成する栄養素

最近では、食物繊維の重要性が注目されています。ヒトの体は食物繊維を消化することができませんが、私たちの腸内に生息する腸内細菌が食物繊維を栄養源にして、私たちの体に有効な成分を作り出してくれていることがわかってきており、食物繊維を含めて六大栄養素とも言います。

これらの栄養素をバランス良く食べる、かつ体に良い食材や食べ方を積極的に取り入れ、健康な体を作ろうというのが医食同源の考えであり、香港スタイルでもあります。

【飲茶】

香港には飲茶(ヤムチャ)の習慣があります。中国茶を飲みながら点心を食べることを飲茶と言い、広東省や香港、マカオを中心にその習慣があります。点心とは、中国料理の軽食のことで、禅の「空心に点ず」に由来し、空腹を満たすための少しの食べものという意味があります。

飲茶と言えば、餃子や焼売(シュウマイ)、包子(パオズ)などの印象が強いかと思いますが、これらは塩味の点心。餃子や焼売だけでも肉や魚介類、野菜を包んだものなど、たくさんの種類が存在します。また餃子は、日本の餃子のように薄い皮で包んで焼いたものではなく、皮が厚く、茹でる、あるいは蒸すのが基本です。この他、春巻きや、大根餅、腸粉という米粉の皮で具材を包んで蒸した料理、粽子(チマキ)などがあります。

塩味の点心以外にも、小豆が入った包子(あんまん)やごま団子、杏仁豆腐、マンゴープリン、マーラーカオ(蒸しパンの一種)、エッグタルト、月餅など、甘味の点心があります。

さらに、野菜を炒めたものや、エビチリなど、普段は大皿に盛り付けられるような料理であっても、飲茶専門店に行くと小皿に取り分けた状態で提供されます。


飲茶専門店で点心が提供される様子

このように、一皿の量は少量で、たくさんの種類の料理を食べるため、数多くの食材から栄養素を摂ることができ、自然にバランス良く食べることができると考えられます。また飲茶は、家族や友人、同僚と一緒に、会話を楽しみながら食べることで、早食いや食べ過ぎを予防することができます。

飲茶と一緒に提供される中国茶には様々な種類があります。緑茶は発酵させないためビタミンCやカテキンが含まれ、抗酸化作用が期待できます。烏龍茶、鉄観音茶、プーアール茶は発酵茶であり、それぞれ発酵度が異なります。発酵茶には脂肪分解作用があると言われるため、食事とともに飲むことで消化を助けているものと考えられます。実際、現地では茶葉を注文して飲み切ったら無料で足してもらうことがあり、たくさん飲むことができます。ただし、プーアール茶のように発酵が進んでいるお茶は飲みすぎると胃が痛くなることがありますので飲み過ぎに注意が必要です。

香港の点心専門店でミシュラン一つ星獲得レストラン・添好運(ティム・ホー・ワン)にて(写真左)添好運の店先。(写真中央)筆者が注文した点心。左手前より時計回りに大根餅、マーラーカオ、青菜の炒め物、エビ蒸し餃子、粽子、スープ、肉入り包子。(写真右)白キクラゲの冷デザート。

香港にある有名な点心レストラン「名都酒楼」にて
(写真左)名都酒楼の店先。(写真左から2枚目)点心いろいろ。右手前は切干し大根のパイ。(写真中央)腸粉。魚介類が包まれている。(写真右から2枚目)温かいスープ。(写真右)蓮の葉ちまき

【体を冷やさない】

飲茶の時以外にも、香港を含む中国では、お茶を飲む習慣があります。ただし冷たいお茶ではなく、常に温かいものを飲みます。食事の時もそうですし、日常的に茶葉を入れられるボトルを持っていて、機会があれば湯を足して温かいものを飲むようです。

朝食には粥を食べることがあり、飲茶専門店や街中の屋台、ホテルの朝食でも粥が提供されているのを見かけます。体を冷やすことは食べ物の消化に良くないだけでなく、血行を悪くして体の不調につながるため、常に温かいものを取り入れ、体を冷やさないようにすることは健康の秘訣と言えるでしょう。

【まとめ・香港の食に学ぶ長寿の秘訣】

香港の食に秘められた健康長寿の要素、私たちの日々の生活に取り入れられるものは見つけられたでしょうか。

  • 会話を楽しみながら食べる
    2021年1月現在、新型コロナウイルス感染拡大を予防するために、食事中もなるべく会話を控えて、と言われていますが、一般的には会話を楽しみながら食べることで、ゆっくりと食べることができ、消化を助けます。また、食べ過ぎることなく、食欲を満たすことができると言えます。会話をするのが難しい環境では、なるべくゆっくりとよく噛んで食べるように心がけましょう。
  • できるだけ多くの食材からバランス良く栄養素を摂る
    栄養素をバランス良く食べるための簡単な方法として、たくさんの食材を食べるということが大切です。その中で、糖質、タンパク質、脂質を摂りすぎていないか、いずれかに偏っていないかを考えると良いでしょう。特に野菜を意識して食べましょう。
  • お茶を飲む
    温かいお茶を飲むこと。飲み過ぎると胃腸に負担をかけることもあるので、飲み過ぎには注意が必要ですが、食事とともに、水分補給することは大切です。緑茶や発酵茶なども日常生活のシーンに合わせて取り入れると良いでしょう。
  • 体を冷やさないようにする
    冷えは体の不調につながります。体を冷やさないように、温かいものを食べることや、湯船に浸かって冷えた体を温めるなど、工夫しましょう。

【飲茶レシピ】

ホタテ焼売

ホタテ貝柱は缶を開けて汁気を軽く絞っておきます。玉ねぎ1個はみじん切りにして片栗粉をまぶしておき、ホタテ(1/3はトッピング用に残す)と玉ねぎ、豚ひき肉200g、おろししょうが、ごま油、塩、しょうゆ、こしょうを全てボウルに入れて混ぜます。焼売の皮で包み、一部残しておいたホタテを上にのせて、8~10分蒸します。粗めの千切りにしたレタスを添え、お好みで辛子しょうゆをつけて食べます。

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