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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

食の安全について考える(8)ゲノム編集技術と食品

2023年9月からは「食の安全について考える」というテーマを取り上げています。私たちは日々、食品を食べて生きており、食生活は、住んでいる場所や気候、個人の生活習慣、好き嫌い、経済状況などを反映しています。いかに食の安全を確保するかは、私たちの健康を左右する大きな要因のひとつです。本シリーズでは、食の安全について考え、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしていきたいと思います。今月は、ゲノム編集技術とそれを用いた食品を取り上げ、解説します。

【ゲノム編集とは】

ゲノム編集とは、文字通り、ゲノム(遺伝情報)を編集する技術のことです。遺伝情報は、放射線などによって突然変異を受けることがあり、人為的に放射線照射や化学物質を用いて遺伝子の突然変異を誘発するような品種改良の方法も開発されてきました(「食の安全性について考える(7)遺伝子組換え食品」参照)。しかしその場合、突然変異はランダムに起こってしまい、計画的に突然変異を起こすことはできません。そこで、計画的に目的部位のDNA配列を切断し、変異を起こすための技術が開発されてきました。

最も良く普及しているゲノム編集技術は、CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナインと読む)を用いたシステムです。初めて報告されたのは2012年で、2020年には、CRISPR/Cas9を開発した2人の女性研究者(フランス出身のエマニュエル・シャルパンティエ博士とアメリカ出身のジェニファー・ダウドナ博士)にノーベル化学賞が授与されました。この技術の前にも、ZFNやTALENといった技術があります。いずれもDNAを切断する酵素を用いて、目的の場所を編集する技術です。

【遺伝子組換えとゲノム編集の違い】

遺伝子組換え技術では、ある生物のゲノムの中に、目的の性質や機能を持つ他の生物の遺伝子を挿入します。この外来遺伝子は、どこに挿入されるかわからないため、重要な遺伝子を破壊する可能性や、想定しない機能を持つ生物ができる可能性があります。このように、想定外の効果が出てしまうことをオフターゲット効果と言います。一方、ゲノム編集技術では、狙った場所を編集することができるため、遺伝子組換えと比較して、オフターゲット効果が起こる可能性は低いと考えられます。

【ゲノム編集の方法】

ゲノム編集は、2つに大別することができます。1つ目は狙った箇所の切断であり、主に機能している遺伝子を切断することによって機能を喪失させることが目的です。2つ目は、狙った場所を切断した後に、外来遺伝子を挿入して、新たに機能や性質を獲得させることが目的です(図1)。

いずれも、ハサミの役目を果たす人工ヌクレアーゼという酵素を用いてゲノムDNAを切断します。CRISPR/Cas9を用いた方法では、ガイドRNAが標的とするDNA配列に結合することで目印となり、ヌクレアーゼであるCas9を導きます。目的配列に導かれたCas9は、そのDNAの二本鎖を切断します。細胞には切断されたDNAを修復する機構がありますが、正確に修復できないことがあり、この修復エラーを利用して、切断したり、外来遺伝子を導入したりすることができます。

図1. ゲノム編集の目的
ゲノム編集により、目的とするDNA配列を切断し、遺伝子を切断することによって機能を喪失させることができる(左)。また、狙った場所を切断した後に、外来遺伝子(赤部分)を挿入して、新たに機能や性質を獲得させることもできる(右)。

【ゲノム編集食品の規制】

ゲノム編集技術を用いた品種改良された食品が流通する際には、厚生労働省への届出を経て安全性を確保するための手続きが必要です。遺伝子組換え食品とは異なり、食品に表示する義務はありません。ただし、外来遺伝子を組込むなどした場合には、遺伝子組換え食品と同様の手続きが求められます(図2)。

遺伝子組換え食品は、遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称「カルタヘナ法」)。食品としての安全性に関する法律「食品衛生法」、および飼料の安全性に関する法律「飼料の安全性の確保および品質の改善に関する法律(通称「飼料安全法」)の3つの法律のもとで規制を受けます。また、遺伝子組換え食品が流通する際には、表示義務があります(「食の安全性について考える(7)遺伝子組換え食品」参照)。

図2. 安全性確保のための規制
ゲノム編集食品のうち、目的の場所を切断する目的のものは遺伝子組換えの規制対象にならないが、外来遺伝子を挿入する場合には、遺伝子組換え食品の規制対象となり、表示義務が生じる。

【ゲノム編集食品】

ここでは、現在までに取り組まれているゲノム編集食品を取り上げます。2021年に、GABAを豊富に含むトマトや、筋肉量が増え肉厚になったマダイ、高成長のトラフグが上市されました。

(GABA高蓄積トマト)
GABAは、γ(ガンマ)アミノ酪酸のことで、神経の興奮を抑えることでリラックス状態をもたらし、ストレスを軽減する効果や血圧効果作用があることが報告されていますが、GABAを作るための酵素を阻害している分子をCRISPR/Cas9で切断することによって、普通のトマトよりも約15倍のGABAを含むトマトが作られています。

(可食部増量マダイ)
ミオスタチンという筋肉の増殖を抑制するホルモンがあります。ミオスタチンの遺伝子を切断することによって、筋肉量が多い真鯛ができています。

(高成長トラフグ)
レプチンは、食欲抑制に働くホルモンで、細胞膜に発現するレプチン受容体を介して作用します。
レプチン受容体の4つのDNAを欠損させることにより、レプチンが働かなくなるため、食欲が増進し、ゲノム編集していないトラフグと比較して、2年間で2倍程度の大きさになります。

(芽に毒素を作らないジャガイモ)
ジャガイモの芽や緑色の部分には天然毒素が含まれます。ゲノム編集により、毒素を作る遺伝子が作用しないようにし、毒素を作らないジャガイモを効率良く作ることができます。

(その他)
日本国内では、収穫量の多いイネや、卵アレルゲンが少ないニワトリなどの作出に取り組まれています。また海外では、変色しにくいマッシュルームや、オレイン酸を多く含む大豆などが開発されています。

【まとめ】

今回は、ゲノム編集技術とそれを用いた食品について解説しました。ゲノム編集は、目的のDNA配列を特異的に切断、あるいは外来遺伝子を挿入する技術です。後者のみ、遺伝子組換え技術と同じ規制の対象となり、表示義務も生じます。一方、GABA合成酵素を阻害する分子の切断や、ミオスタチン遺伝子の切断などの、切断による品種改良は、届出が必要であるものの、表示義務がありませんので、流通していても気付かずに食べていることがあるかもしれません。次回は、健康食品について解説します。

参考資料

  • 厚生労働省医薬食品局食品安全部「遺伝子組換え食品の安全性について」
  • 厚生労働省医薬・生活衛生局食品基準審査課「新しいバイオテクノロジーで作られた食品について」
  • 農林水産省ウェブサイト「生物多様性と遺伝子組換え」
  • 化学と生物60(3): 150-153, 2022
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