文化講座
食の安全について考える(3)食物アレルギー
2023年9月からは「食の安全について考える」というテーマを取り上げています。私たちは日々、食品を食べて生きており、食生活は、住んでいる場所や気候、個人の生活習慣、好き嫌い、経済状況などを反映しています。いかに食の安全を確保するかは、私たちの健康を左右する大きな要因のひとつです。本シリーズでは、食の安全について考え、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしていきたいと思います。今月は、食物アレルギーについて解説します。
【食物アレルギーとは】
食物アレルギーとは、食物が、免疫反応を介して、私たちの健康に不利益な症状を引き起こす現象のことです。牛乳を飲んだときに、お腹が痛くなるような乳糖不耐症は、免疫応答が関与するものではないので、食物アレルギーとは異なります。
食物アレルギーの症状は、全身の臓器に引き起こされる可能性がありますが、かゆみやじんましん、むくみ、湿疹などの皮膚症状や、目の充血やかゆみ、唇や舌の腫れなどの粘膜に症状が出る場合が多いです。このほか、下痢や嘔吐などの消化器症状や、喘息などの呼吸器症状が出る場合もあります。原因となる食物を食べたあと、アレルギー症状がひとつの臓器にとどまらず、皮膚、消化器、呼吸器、循環器や神経などの複数の臓器に強い症状が現れることをアナフィラキシーといいます。アナフィラキシーの中でも、血圧が下がり、意識障害などを伴う状態を「アナフィラキシーショック」と呼び、命に関わる危険性があります。
【食物アレルギーが発症するメカニズム】
私たちの体には、ウイルスや病原体などの異物が侵入すると、それらを排除して体を守ろうとする「免疫」が備わっています。免疫は本来、外来異物だけを認識して、私たちの体の成分(自己)や食物は異物として認識しないようなシステムになっており、「免疫寛容」と言いますが、食物アレルギーは、免疫寛容が適切に働かないことが原因で引き起こされます。
アレルギーは、原因となる物質(アレルゲン)に対してIgE抗体が作られることから始まります。
抗体産生細胞からIgE抗体が作られると、皮膚や粘膜に存在するマスト細胞や血液中の好塩基球の表面に結合します。ここにアレルゲンが結合すると、ヒスタミンやロイコトリエンなどが放出されてアレルギー反応が起きます(図1)。
図⒈ 食物アレルギー発症のメカニズム
原因となる食物アレルゲンが体に入ると、IgE抗体が作られる。IgE抗体はマスト細胞や好塩基球に結合、ここにアレルゲンが結合するとヒスタミンやロイコトリエンが放出され、アレルギー症状が引き起こされる。
【食物アレルギーの原因】
食物アレルギーの原因となる食品は様々ありますが、日本においては、卵、乳、小麦が全体の6割を占めます(図2)。そば、及び落花生(ピーナッツ)は重篤な症状を呈します。また、えび、かには成人期での新規発症が多いこと、くるみは、近年、木の実類の中でも症例数が増加していることが特徴として挙げられます。
図⒉ 食物アレルギー原因食物の内訳(左)と木の実類の内訳(右)
令和3年度 食物アレルギーに関連する 食品表示に関する調査研究事業報告書より
アレルゲンは、タンパク質であり、食物に含まれるタンパク質に対してアレルギー反応が引き起こされます。しかし、必ずしもタンパク質が多い食物が原因になるというわけではありません。
乳幼児期には卵や牛乳、小麦などに対するアレルギーが多く、学童期以降にはエビやカニなどの甲殻類や魚類、果物、そば、ピーナッツに対するアレルギーが多く見られます。すなわち、加齢に伴って、原因となるアレルゲンが変移していくという特徴があります。子どもの頃の食物アレルギーは、成長に伴い徐々に原因食物が食べられるようになる一方、大人の食物アレルギーは、耐性獲得しにくく、原因食品の継続的な除去が必要なことが多いと考えられています。
食物中のタンパク質は、加熱や酸処理によって構造が変化し、アレルゲンとしての活性が失われることがあります。例えば、鶏卵アレルゲンは、加熱によって反応性が低下することが知られています。また、大豆に対してアレルギー反応が起こる場合がありますが、発酵食品の味噌やしょうゆは、発酵の過程でタンパク質が分解されてアミノ酸になるために、アレルギー反応を起こしにくいです。一方、乳酸菌を用いて牛乳を発酵させるヨーグルトは、発酵させているものの、アレルゲンが分解されないため、低アレルゲン化は期待できないというように、食物や加工方法によって、アレルゲンとしての活性への影響が異なります。
【食物アレルギーの表示】
食品衛生法では、食物アレルギーを持つ消費者の健康危害の発生を防止する観点から、箱や袋で包装された加工食品や、缶・瓶詰の加工食品には、食物アレルギー表示が義務付けられています。
(表示義務がある品目)
特定原材料として、以下8品目の表示が義務付けられています。
えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生(ピーナッツ)
くるみは、2023年3月に食品表示基準が改正され、義務表示対象品目に追加されました。上記8品目は、特に食物アレルギーの発症数が多く、重篤度から勘案して表示する必要性が高いものとなっています。
(特定原材料に準ずるもの)
義務化されてはいないものの、症例数や重篤な症状を呈する人の数が継続して、相当数みられることから、特定原材料にするか否かが引き続き検討されているもので、表示が推奨されているものが20品目あります。
アーモンド、いくら、キウイフルーツ、大豆、バナナ、やまいも、
カシューナッツ、もも、ごま、さば、さけ、いか、鶏肉、りんご、
まつたけ、あわび、オレンジ、牛肉、ゼラチン、豚肉
【私たちが取り組めること】
食物アレルギーが発症するメカニズムは、現在でも十分には明らかにされていません。近年の研究から、新しい知見が明らかにされており、これまで食物アレルギーの予防として指導されてきた内容が、かえって食物アレルギーを発症させやすくする可能性があることなども明らかになってきました。
例えば、これまで、食物アレルギーがアトピー性皮膚炎の原因であると捉え、治療や予防として、対象となる食物を除去する方法が取り入れられてきました。しかし、ピーナッツオイルを用いたスキンケアによってピーナッツアレルギーを発症しやすいということが報告されています。また、離乳食でピーナッツをよく与えるイスラエルと比べると、ピーナッツを与えないイギリスの方がピーナッツアレルギーになりやすいことも報告されています。これらの研究成果より、皮膚バリア機能の低下やアトピー性皮膚炎が原因で、皮膚からアレルゲンが侵入しやすいこと、それによって食物アレルギーになりやすいことが指摘されており、近年注目されています。すなわち、皮膚バリア機能をしっかりと保つことが、食物アレルギーの予防の観点からも重要であると言えます。
ピーナッツアレルギーに関連して、ピーナッツアレルギーを発症するリスクの高い重症湿疹か卵アレルギーのある生後4~10ヶ月の乳児640人を、ピーナッツ除去群とピーナッツ摂取群に分けたところ、ピーナッツ摂取群では、除去した群と比較して、5歳時のピーナッツアレルギーの発症率が有意に減少したことが報告されました(N Engl J Med 372: 803-13, 2015)。この報告から、ピーナッツアレルギーの発症リスクが高い国では、離乳時期のなるべく早くからピーナッツの摂取を開始する方が良いという国際的なコンセンサスが発表され、離乳食の進め方も変わってきています。
また、疫学研究から、出生季節が秋から冬であると、食物アレルギーの発症が多いことが報告されており、日光の照射が少ないことが、食物アレルギーの発症を促進するのではないかと考えられています。その理由として、日光により体内でビタミンDが合成されることが重要であると推測されています。ビタミンDは、健康な骨の維持にも重要ですので、日光浴は日常的に取り入れると良いでしょう。
【まとめ】
今回は、食物アレルギーについて解説しました。近年の研究から、食物アレルギーの発症予防に関して新たな知見が得られつつあります。また、食物アレルギーを治療する方法として、アレルゲンを少しずつ食べて慣らしていく、経口免疫療法が取り入られている場合がありますが、具体的な食べ方や治療法については、確立していないことも多くあり、今後の課題であると言えます。 自己判断せず、医師の指導のもとで進めるようにしましょう。