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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第20回 野菜のチカラ

前回は、誰もが経験する風邪について解説し、予防法や風邪をひいてしまった時の対処法について説明をしました(第19回「食事で風邪対策」参照)。風邪の予防には、ビタミンAやビタミンCを十分に摂取すること、そのためにも野菜をたっぷり食べましょうということをお伝えしました。

野菜に含まれる様々なビタミンやミネラル、食物繊維は体の健康に欠かせません。野菜には、緑や赤、黄、紫など、様々な色が存在しますが、近年の研究によって、野菜の色の成分に健康維持のための効果があることがわかってきました。また色だけでなく、野菜の香りや苦味成分、辛味成分にも体に良い効果をもたらす成分があり、「ファイトケミカル」として注目を集めています。今回は、そんな野菜に秘められた力について解説します。

【日本人の野菜摂取量】

みなさんは1日にどのくらいの野菜を食べますか?特に外食が多い方は、どの野菜をどれだけ食べたか、振り返ってみてください。野菜は体に良いということは理解している方が大半だと思いますが、意識していないとなかなか十分な量を食べることは難しいものです。厚生労働省は、1日に350gの野菜を食べることを推奨しています。つまり1日に3回食事をするとして、1回あたりに約120gの野菜を食べることになります。にんじん1本が150g程度、トマト1コが150g程度、キャベツ1枚が50g弱ですから、この程度を食べると350gの1日目標をぎりぎり達成できるというところでしょう。

2017年の国民健康・栄養調査における野菜類平均摂取量を見てみると、20歳以上の男性で1日295g程度、女性で1日280g程度と、いずれも目標の350gを大きく下回っています。年齢別で見ると、特に20~30歳代は、男性で260g、女性で225g程度と、目標値を100g近く、総平均と比べても大きく下回っているのが現状です。

100gの野菜を補おうとすると、にんじんあるいはトマトをひとつ追加、あるいはほうれん草のお浸しを一皿追加すれば良いということになります。もしくはたっぷり野菜のサラダでも構いませんし、根菜の煮物などでも良いでしょう。 外食の場合、ほとんど野菜が摂取できないことがわかることでしょう。とにかく意識して野菜を食べることがポイントです。

【栄養素の基本】

では、なぜそんなにたくさんの野菜を食べなければいけないのでしょうか。ここで栄養素の基本について、今一度振り返ってみてみることにしましょう(図1)。タンパク質、糖質(炭水化物)、脂質は三大栄養素と呼ばれ、わたしたちの体の構成成分として、あるいはエネルギー源として使われます。例えば、タンパク質は筋肉や皮膚、骨の原料として、糖質はエネルギー源として、脂質はホルモンや骨の原料、あるいはエネルギー源としてわたしたちの体に欠かせません。これらの三大栄養素は、ビタミンやミネラルが存在することで、体の中で効率良く使われ、ビタミンやミネラルを含む栄養素を五大栄養素といいます。ここまでが基本です。

近年の研究から、野菜や海藻、こんにゃくなどの食品に含まれる食物繊維が腸内環境を整えて、腸から全身の健康維持に役立っていることが明らかになってきました。このような背景から、食物繊維はいまや五大栄養素に続く「第6の栄養素」ともいわれています。そして近年、「第7の栄養素」として注目を集めているのが「ファイトケミカル」です(図1)。

野菜に含まれるタンパク質や糖質、脂質は比較的少ないといえます。しかし野菜には、ビタミン、ミネラル、食物繊維、そしてファイトケミカルが含まれるため、食事の中心となる、ご飯ものや麺類、あるいは魚肉類に含まれる三大栄養素を体内で効率良く使うための補助的役割を果たしてくれているのです。その結果、高血圧や動脈硬化の予防、がんの予防にもつながり、健康維持には欠かせないので、十分量食べることが推奨されているのです。

【ファイトケミカルとは】

野菜にはファイトケミカルという第7の栄養素があると述べました。「ファイトケミカル=Phytochemical」とは、植物を意味するPhyto(ファイトあるいはフィト)と化学成分を意味するChemicalを組み合わせた造語であり、植物に含まれる化学成分のことを意味します。現在では、野菜や果物に含まれるビタミン、ミネラル、食物繊維以外の成分の中でも、抗酸化作用や免疫力アップなど、体の健康維持や健康増進に役立つ作用を持つものを総称して「ファイトケミカル」と呼んでいます。

ファイトケミカルは、植物の色や香り、苦味成分であることが多いです。植物は、このような様々な成分を作り出すことによって紫外線や害虫などから身を守っており、このような作用が食品として食べた時にも体にとって良い効果を発揮してくれるというわけです。ファイトケミカルには数千~数万という膨大な種類が現在までに見つかっていますが、共通するのは強力な抗酸化力があることです。これにより、動脈硬化の予防や、美肌の維持などの効果が得られます。

ちなみに、色が濃いほど、香りや苦味が強いほど、ファイトケミカルが多く含まれているということなので、野菜選びのポイントとして覚えておかれると良いでしょう 。

【代表的なファイトケミカル】

よく知られるファイトケミカルには、ポリフェノールやカテキン、リコピンなどがあります。代表的なファイトケミカルとして5つに分類して解説をしていきます(図2)。

(ポリフェノール)
ポリフェノールは、ファイトケミカルの中でも最もよく知られている成分ではないでしょうか。分子の中にフェノール性水酸基を複数(ポリ)持つ植物成分の総称なので「ポリフェノール」と呼ばれます。赤ワインやブルーベリー、赤しそ、紫芋に含まれるアントシアニン、緑茶や赤ワインの渋みの成分であるカテキンなど、よく知られる成分の他、玉ねぎや柑橘類、蕎麦に含まれるケルセチン、大豆のイソフラボン、ゴマのリグナン、コーヒーやごぼうのクロロゲン酸など、多岐にわたります。チョコレートの材料であるカカオ豆にも、カカオポリフェノールが含まれています。

ポリフェノールには、抗酸化作用や、動脈硬化症を予防する効果、美肌効果や脂肪分解効果などがあります。「フレンチ・パラドックス」という、フランスにおける矛盾した説があります。フランス人は、相対的に喫煙率が多く、乳製品や肉類の消費量が多いにもかかわらず、動脈硬化症による死亡率は低いことが知られています。これは、日常的に赤ワインを飲んでいるからであり、赤ワインに含まれるポリフェノールによるものであろうと推測されています。

(カロテノイド類)
カロテノイド類もまた、植物に含まれる色素成分です。カロテノイド類には、カロテンやリコピン、ルテイン、ゼアキサンチン、βクリプトキサンチンなどが含まれます。にんじんやかぼちゃなどの色の濃い野菜には、αカロテンやβカロテンが含まれますし、リコピンはトマトやスイカに含まれる赤色の成分として知られています。ほうれん草やケール、ブロッコリーのような緑の野菜にはルテインという成分が、とうもろこしにはゼアキサンチン、みかんやオレンジにはβクリプトキサンチンが含まれます。

カロテノイド類の中でも代表的なβカロテンは、体の中でビタミンAに変換して、抗がん作用や動脈硬化予防作用、白内障予防、免疫力の向上などに役立つと考えられています。ビタミンAは欠乏すると夜盲症という暗い場所での視力の低下や、皮膚の角化、粘膜の異常、性機能の異常を引き起こすことが知られていますが、βカロテンを十分に摂取することで予防することができます。

また、リコピンはカロテノイド類の中でもとりわけ抗酸化作用の強い成分で、同じく抗酸化作用を有するビタミンEの100倍以上もの効果があるというほど強力です。美白、シワ防止、花粉症改善、アレルギー改善などの効果があることが報告されています。余談ですが最近、スーパーなどで買うことのできるトマトの種類が増えてきました。アメリカのスーパーでも色形が異なる様々なトマトが売られています(写真)。料理に合わせて甘味や酸味の異なるもの、色の異なるものを使い分けると料理の味の幅が広がることでしょう。この時にも、なるべく濃い色のものを選ぶと健康効果は高いでしょう。

(βグルカン)
βグルカンは、きのこや酵母に含まれる多糖類で、食物繊維の一種です。しいたけやマイタケ、エリンギ、なめこなどのきのこ類に多く含まれる他、パン酵母やオーツ麦、大麦などの穀物にも含まれます。免疫力アップ、抗がん作用、コレステロール低下作用などが報告されています。

(テルペン類)
テルペン類は、ハーブや柑橘類などに含まれる特有の香りと苦味成分です。レモンやグレープフルーツ、アールグレイという紅茶の香りとしておなじみのベルガモットなどの柑橘類には、リモネンという成分が含まれます。その他、ハッカに含まれるメントール、タイムやオレガノなどのハーブ類に含まれるチモール、クローブに含まれるオイゲノールなどがあります。

これらの香り成分には抗酸化作用があり、肥満防止、抗うつ作用、リラックス効果が期待できます。食事の前に柑橘類の香りを嗅ぐと食欲が抑えられるのも、アールグレイの香りで落ち着いた気分になるのも、テルペン類の作用によるものです。

(硫黄化合物)
硫黄化合物は、強い刺激臭で、その臭い成分に効果があります。よく知られているのが、にんにくや玉ねぎに含まれる臭いの成分・システインスルホキシド。わさびには刺激成分であるアリルイソチオシアネートが含まれますし、ブロッコリーやキャベツにはスルフォラファンという成分が含まれます。

硫黄化合物には、血行や血流の改善効果があります。また、殺菌力もあるため、食中毒を防ぐ薬味としても使われます。

【野菜のチカラを得るための方法】

調理方法を工夫することによっても効率的に摂取することができます。例えば、カロテノイド類は生の野菜からも摂ることができますが、油と一緒に調理すると吸収率が高まるので、オリーブオイルをかけて食べたり、カポナータのように油で炒めたりすることで吸収効率を高めて摂ることが可能です。ファイトケミカルの多くは安定したものが多いので、加熱による損失を心配する必要はあまりないでしょう。

ファイトケミカルを十分に摂る方法として、くず野菜からとれるだしを用いて調理するのも良いでしょう。玉ねぎやにんじんの皮、パセリの軸、セロリの葉、ビーマンやパプリカの種など、調理に使わなかった部分を水につけて一晩置いておくとだしがでます。和風だしを作りたい時には、しょうがやナス、しいたけなどを使うと良いでしょう。特に、種や皮の部分にはファイトケミカルが多く含まれています。普段は食べないで捨ててしまうような部分でも、だしにすることで無駄なく栄養を摂取することができるので、有効活用してみてください。

【野菜のチカラを得るための献立例】

パプリカとズッキーニの炒めもの

赤や黄色のパプリカ、ズッキーニ、玉ねぎとにんにくをオリーブオイルで炒め、アンチョビ、ブラックオリーブを加えて、バルサミコ酢と塩こしょうで味付けした料理。

(栄養のポイント)
彩りの良い野菜にはビタミンやファイトケミカルなどの抗酸化物質が豊富に含まれるので、パプリカを選ぶ時にも赤や黄色、緑などを混ぜて使うと良いでしょう。色の濃いものがおすすめです。
バジルやオレガノ、タイムなど、お好みのハーブを添えて食べることにより、テルペン類のファイトケミカルも一緒に摂ることができます。
エビとマッシュルームのアヒージョ

殻と背わたを除いたエビとマッシュルームをたっぷりのオリーブオイルとにんにく、唐辛子とともにじんわりと炒めます。仕上げにレモン汁とパプリカパウダーをかけるのがポイントで、味を引きしめてくれます。

(栄養のポイント)
マッシュルームにはβグルカンが含まれます。
エビにはアスタキサンチン(赤色成分)が含まれます。
仕上げにレモン汁を搾ることで、リモネンを摂ることができます。
パエリア風あさりご飯

フライパンもしくはパエリア鍋でにんにくと玉ねぎを弱火でじんわりと炒め、米を加えて前述の野菜だしで炊きます。別鍋でワイン蒸しをしておいたあさりとネギを炊き上がったご飯の上にのせて、パエリア風に仕上げた料理です。

(栄養のポイント)
野菜だしを使うことで、野菜の種や皮からもファイトケミカルを摂ることができます。
ネギやハーブ類を散らすと良いでしょう。
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