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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

栄養と代謝(7)タンパク質代謝異常による病気

第62回から始まったシリーズ「栄養と代謝」では、私たちの健康に必要な栄養素とその代謝について基礎から学び、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしています。

シリーズ7回目は、タンパク質の代謝異常によって引き起こされる病気について解説します。

【フレイル・サルコペニア・ロコモティブシンドローム】

タンパク質の摂取不足が最も影響すると考えられる疾患は、高齢者におけるフレイルとサルコペニアです。フレイルは虚弱状態、サルコペニアは筋肉や筋肉量の低下を指します。最近、ロコモティブシンドロームという言葉をよく耳にしますが、ロコモティブシンドロームは、サルコペニアに骨や関節、神経などの運動器の機能障害を伴うものであり、3つは相互に影響して寝たきりの原因になると考えられます(図1)。

図⒈ 寝たきりの原因となるフレイル・サルコペニア・ロコモティブシンドローム
フレイルは、加齢に伴う運動能力や認知機能、ストレスに対する回復力が低下した状態のこと。筋肉量や筋力が低下した状態であるサルコペニアや、それに加え、骨や関節、神経などの運動器の機能障害を伴うロコモティブシンドロームが存在すると、寝たきりの原因となる。

(フレイル)
フレイルとは、加齢に伴う様々な機能低下を基盤として、様々なストレスに対する回復力が低下した状態のことを指します。「虚弱」や「脆弱」を意味する「Frailty(フレイルティ)」の日本語訳として日本老年医学会によって提唱されました。

フレイルは、要介護状態に至る前段階と言えます。実際、後期高齢者の要介護状態に至る原因は、脳卒中のような疾病よりも「高齢による衰弱」を要因とする割合が高いです(厚生労働省平成22年国民生活基礎調査,2011)。フレイル基準のひとつとして、Friedらが提唱したものは、以下の5項目のうち3項目以上が当てはまる場合は「フレイル」、1~2項目が当てはまる場合はフレイルの前段階である「プレフレイル」と判断します。

(1)体重減少(意図しない年間4.5kg または5%以上の体重減少)
(2)疲れやすい(何をするのも面倒だと週に3~4日以上感じる)
(3)活動量の減少
(4)身体機能の減弱(歩行速度の低下)
(5)筋力の低下(握力の低下)

(サルコペニア)
「サルコペニア」は、ギリシャ語で筋肉を意味する「Sarx(Sarco:サルコ)」と、喪失を意味する「Penia(ペニア)」を合わせた造語であり、「加齢や老化に伴う筋力の減少または筋肉量の減少」のことを指します。

2010年にヨーロッパ老年医学会など国際学会が共同でサルコペニアの定義を提唱しましたが、それによると、①筋肉量の減少、②筋力の低下(握力など)、③身体能力の低下(歩行速度など)のうち、①に加えて②または③を併せ持つ場合にサルコペニアと診断されます(Age Aging39: 412-423, 2010)。

フレイルとサルコペニアの判断基準を見てお分かりのように、ふたつには共通項目があります。
フレイルの原因のひとつにサルコペニアがあります。タンパク質をはじめとする低栄養があると、サルコペニアが発症し、それが活力の低下や筋力・身体機能の低下をもたらします。その結果、活動量が少なくなり、消費エネルギー量が減量、食欲低下をもたらして、さらなる栄養不良状態を促進させるというような、フレイルサイクルができると考えられています(図2, 日本人の食事摂取基準 2020年度版より)。

図⒉ フレイルサイクル
低栄養があると、サルコペニアが発症し、それが活力の低下や筋力・身体機能の低下をもたらす。その結果、活動量が少なくなり、消費エネルギー量が減量、食欲低下をもたらして、更なる栄養不良状態を促進させる。このサイクルをフレイルサイクルと呼ぶ。

(ロコモティブシンドローム)
ロコモティブシンドロームとは、足腰が弱って、要介護になるリスクが高まる状態のこと。40代でも5人に4人が予備軍であると推定されています。

サルコペニアは筋肉量や筋力の低下ですが、これに加えて、神経障害や間接関節軟骨、椎間板の減少による変形膝関節症や変形腰椎症、骨量の減少による骨粗鬆症など、運動器に障害が起きると関節の痛みや活動に制限が出てしまい、バランス能力が低下した状態のことをロコモティブシンドロームと言います。結果として歩行能力が低下して日常生活に制限が出てしまい、要介護や要支援への道を加速させてしまうことになります。

以下は、日本整形外科学会によるロコモティブシンドロームかどうかのチェック「ロコチェック」です。7項目のうち、1つでも該当するものがあればロコモティブシンドロームの心配があるとされますので、気になる方はチェックしてみましょう。

【タンパク質摂取とフレイル・サルコペニアの関係】

日本人を対象とした疫学研究において、男性48g/日、女性43.3g/日以上のタンパク質摂取は、これよりも少ない量を摂取している場合と比較して、フレイルのリスクが低いと報告されています(J Am Med Dir Assoc 19: 801-805, 2018)。

タンパク質をたくさん食べるだけでなく、レジスタンス運動と呼ばれる、筋肉に負荷をかける動きを繰り返し行う運動を組み合わせることによって、筋肉量と筋力が改善することが報告されています(日本人の食事摂取基準 2020年度版)。

レジスタンス運動の例としては、スクワットや腕立て伏せ、かかと上げ、もも上げなどがあります。座った状態でも腕を組んで足を伸ばした状態で上げ下げすることで太ももを鍛えることができますので、無理のない範囲で日常生活に取り入れると良いでしょう。

【腎障害】

タンパク質の過剰摂取による弊害として、腎機能の低下が示唆されています。タンパク質の摂取量が増加する結果、腎血流量が高まって尿中pH が低下するなどの腎臓への負担が考えられます。しかし、健常者では、35%エネルギー未満であれば腎機能を低下させることはないだろうと考察されており(Adv Nutr 9: 404-18, 2018)、タンパク質摂取量が多いからといって腎障害が認められるわけではありません。

一方、慢性腎臓病においては、長らくタンパク質の摂取制限が行われてきましたが、高齢者では前述のように、タンパク質摂取量の減少がフレイルやサルコペニアの発症とも関連することが知られています。このため、高齢者における軽度の腎機能障害では、一律にタンパク質制限を行うのではなく、個々の病態に応じて設定する必要があるとされています。

【まとめ】

今回は、タンパク質の代謝異常、主に摂取不足と過剰摂取による病気について解説しました。フレイルは単にタンパク質の摂取量の不足だけでなく、運動不足や食欲の低下など、社会的要因も組み合わさって起こります。まずは食欲が低下しないよう、楽しくおいしく食べることを心がけることも大切な取り組みのひとつでしょう。次回はビタミンと代謝について取り上げます。

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