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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第49回 世界の長寿食(12)チリ

1年間にわたって取り上げた「世界の食に学ぶ健康長寿の秘訣」シリーズ、最終回は、チリを取り上げます。WHO(世界保健機関)が2021年に報告した統計では、チリの平均寿命は80.7歳であり、世界31位。南米諸国の中では最も長生きの国です。チリの食生活から、健康寿命を延ばすヒントを考えてみましょう。

【チリの基本知識】

チリ共和国(通称チリ)は、南アメリカ大陸の太平洋側に面した共和制国家です。アンデス山脈の西側に位置しており、南北の長さは4,500km以上にもなる一方、東西の幅は平均が200kmにも満たない細長い国です。

赤道近くから南極に至るまで、南北に長く、地域によって気候や自然環境が大きく異なります。北部は砂漠地帯、首都サンティアゴがある中央部は地中海気候で、チリの主要輸出品目であるブドウの栽培や、輸出量が増えているワインの生産に適しています。南部のパタゴニアのあたりは、湿度が高く寒い気候です。

首都であるサンティアゴは、標高520mにあり、600万人以上が暮らす大都市です。16世紀以降、1818年までスペインの植民地であったことから、街並みはヨーロッパ文化の影響を受けており、街からはそびえ立つアンデス山脈を眺めることができるのが、サンティアゴの特徴です(写真1)。

写真1:サンティアゴの旧市街地と街から見えるアンデス山脈

【チリの食の特徴】

チリの食は、スペイン統治時代の影響と、それ以前のインカ帝国時代の影響とを受けており、トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、牛肉、羊肉が食べられます。これらは、メキシコ以南のアメリカ大陸諸国に共通するものでもあります。

①ブドウとワイン
地中海気候であり、1日の中で寒暖差が大きいチリ中部の渓谷地域は、ブドウやワインのための生産に適しており、チリワインはその品質の高さと手頃な価格から、世界中で人気を集めています。チリワインの歴史は比較的短く、害虫によってフランスのブドウ栽培が大きく影響を受けた際に、苗木を守るためにチリで栽培されたことが始まりのようです。サンティアゴから数十km離れたところには、ワイナリーがたくさんあり、ワイナリーツアーをしてくれます。試飲もできるので、ブドウ品種の違いによる味の違いをよく知ることができるでしょう(写真2)。

写真2:ワイナリーでの様子。左から、ワイナリーの一角にあるフランスらしいシャトー。樽詰めされたワインは地下に保存されている。ワインテイスティングする筆者とテイスティングしたワイン。

赤ワインは、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、カルメネール、白ワインはシャルドネやセミヨンなどのブドウ種が栽培されていますが、いずれもフランス原産のブドウ品種です。このうち、カルメネールに関しては、現在フランスではほぼ栽培されていないため、チリのワインと言っても過言ではありません。カルメネールは、カベルネ・ソーヴィニョンほど渋みがなく、フルーティーな香りが強いワイン。最近、日本でも多種多様なチリワインが買えるようになりましたが、カルメネールはそう多く見かけませんので、見かけたら是非お試しください(写真3)。

写真3:サンティアゴのスーパーマーケットで購入したカルメネールワイン(左)とカルメネールのブドウの木の前に立つ筆者。

赤ワインや赤いブドウ、紫色のブドウには、アントシアニンというポリフェノールが多く含まれます。アントシアニンは、植物が紫外線などから自らを守るために存在する紫の色素で、抗酸化作用があることが知られています。視力回復や動脈硬化症の予防、炎症抑制などの効果があると考えられているため、適量であれば赤ワインを飲むのは健康に良いという考え方があります。飲み過ぎに気を付け、適度に食事中に取り入れるのが良いでしょう。

②魚
南太平洋に面しているチリでは、新鮮な魚介類が豊富に手に入ります。特に近年、チリはノルウェーとともにサケの世界有数の輸出国になっているほど。現地の人はセビーチェという生魚をマリネした料理として食べます。セビーチェは、サーモン、鯛のような白身魚、タコなどの魚介類と、紫玉ねぎ、セロリ、トマトなどの野菜とたっぷりのライム汁、オリーブオイル、塩を混ぜて作ります。現地の味に仕上げるには、シラントロ(パクチーのこと)やオレガノ、メルケンと呼ばれるパプリカの調味料をふんだんに加え、ニンニクやハラペーニョを混ぜてスパイシーにするのがポイントです(写真4)。

ちなみに現地では、セビーチェのマリネ液は「レチェ・デ・ティグレ(虎のミルク)」と呼ばれ、二日酔いの予防に良いからという理由で飲み干すそうです。魚の旨みやさまざまなスパイスが詰まっており、ライムの酸味がよく効いているこのマリネ液。ライムに含まれるクエン酸が疲労回復に効果的なのでしょうか。「虎のミルク」と呼ばれるのも納得です。

写真4:チリの魚とセビーチェ。左から、中央市場の魚売り場、スーパーでのサーモンの量り売り、魚介類も売られている。右2枚はセビーチェ。白い液が虎のミルク。セビーチェは紫玉ねぎをお好みで盛り付ける。

魚の油には、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)が豊富に含まれ、健康効果が高いことがよく知られていますが、これらの脂質は酸化されやすいタイプ。それゆえ、魚は生で食べるのが最も理想的な食べ方なのです。

③夕食は軽め
チリでは、朝食、昼食、「オンセ」の3食があります。「オンセ」は日本の夕食にあたるものですが、日本の夕食に比べると軽いのが特徴です。時間も17~18時から開始であり、夕食としては少し早めです。チリの伝統的な料理であるエンパナーダは、具入りのパンのようなもので、スペイン、ポルトガルや中南米諸国で食べられます。チリのエンパナーダは、牛ひき肉と玉ねぎを炒めたものと、レーズン、黒オリーブ、ゆで卵を詰めて焼いたものと、チーズを入れて揚げたものがあります(写真5)。このエンパナーダもオンセに登場します。

写真5:チリのエンパナーダ。左から、牛ミンチのエンパナーダの具を作る筆者、牛ミンチのエンパナーダの焼き上がりと、切ったときの断面。右はチーズの揚げエンパナーダ。

この他、オンセで食べられるのは、ドルセ・デ・レチェ(牛乳と砂糖で作るキャラメルソースで、現地では「マンハール」と呼ぶ)をたっぷりとのせたクレープ、「ソーパイピージャ」という、かぼちゃのペーストで作った揚げパンをオレンジとシナモンの香りのブラウンシュガーソースにつけたものなど(写真6)。お気付きかもしれませんが、小麦の摂取が多く、甘いものをたくさん食べます。糖質過多になってしまうので、これらのオンセのメニューはどれかひとつにして、食べ過ぎないようにし、野菜や果物を組み合わせると健康的に食べられるでしょう。夕食を軽めに、かつ早い時間に済ませるのは健康的ですが、内容も大切ですね。

写真6:オンセの様子。左から、マンハールのクレープとそれを作る様子、ソーパイピージャ、オンセの食卓。

【まとめ・チリの食に学ぶ長寿の秘訣】

チリの食に秘められた健康長寿の要素、私たちの日々の生活に取り入れられるものは見つけられたでしょうか。

・ポリフェノールを摂取する
ポリフェノールには抗酸化作用があります。ポリフェノールは、ブドウや赤ワイン、ブルーベリーなどに含まれるアントシアニンのほか、カカオに含まれるカカオポリフェノール、そばに含まれるルチン、大豆に含まれるイソフラボンなどがあります。これらの抗酸化作用には、美肌や動脈硬化予防などの効果があるとされているので、適度に食生活に取り入れると良いでしょう。

・魚を食べましょう
魚は重要なタンパク質源であるだけでなく、良質の脂質を含みます。積極的に食べましょう。特に青魚には、血中の中性脂肪やコレステロールを低下させ、動脈硬化症を予防する効果のあるEPA、脳にたくさん存在し、その機能保持に重要なDHAを多く含みます。

・夕食は早めに、軽めに
私たちの体には、体内時計が備わっており、肝臓や胃、すい臓などの食事の消化吸収に関わる臓器の働きは、夜9時頃までにピークを迎えます。すなわち、夕食は9時までに済ませるのが理想的。起きてから12時間以内に食事を済ませるようにしましょう。食事内容はなるべく軽めに、野菜や果物をたくさん食べるように心がけると良いでしょう。

【チリ料理レシピ】

チャルキーカン

野菜と牛肉のシチューのようなもので、目玉焼きを添えて食べます。チリのおふくろの味といったところでしょうか。野菜がたくさん食べられるので、栄養バランスが良いです。

かぼちゃ、じゃがいも、玉ねぎ、にんじんは1cm角に切ります。牛肉はシチュー用のものを一口大に切ります。ほうれん草は3cm程度の長さに切ります。鍋にオリーブオイルを入れて、みじん切りにしたニンニクと玉ねぎを炒めます。牛肉を加えて塩こしょうで味付けし、炒めます。じゃがいもとかぼちゃを加えて、ひたひたになるくらいの水を入れ、アクを取りながら、柔らかくなるまで煮ます。その他の野菜を入れ、クミン、オレガノ、塩で味付けし、煮込みます。目玉焼きをのせて、出来上がり。

写真は、チャルキーカンの他に、トマトのサラダ、ソーパイピージャ(ブラウンシュガーソースに漬けないもの)、果物とチリのカルメネールワインがテーブルにのっています。

【世界の長寿食・おわりに】

1年間にわたって紹介してきた、世界の長寿食。私たちの生活に取り入れられるものはいくつあったでしょうか。コロナ禍で旅行することもできなくなりましたが、このシリーズを読んで頂き、少しでも皆様の健康に役立つ情報があれば、また、少しでも旅行気分を味わって頂けたら、嬉しく思います。再び世界中を旅行できる日が1日も早く来ることを祈ります。

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