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インターネット公開文化講座

文化講座

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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第39回 世界の長寿食(2)シンガポール

世界の食に学ぶ健康長寿の秘訣、2回目はシンガポールです。WHO(世界保健機関)による2018年の報告では、シンガポールの平均寿命は82.9歳。日本、スイス、スペインに次ぎ、オーストラリア、フランスと並ぶ、世界第4位の長寿国です。

介護などを必要とせず、自立した生活を送ることができる期間のことを「健康寿命」と言いますが、シンガポールの健康寿命は世界一と報告されています。健康に長生きする人が多い理想的な国、シンガポールの食文化から学ぶ健康長寿の秘訣とは?

【シンガポールの基本知識】

正式名称シンガポール共和国。シンガポールは、サンスクリット語で獅子を意味する「シンハ」と、町を意味する「プーラ」から「獅子の町=シンハプーラ」が由来です。シンガポール島と60以上の小さな島々から成り立つ国土は、東京23区とほぼ同じ広さで、面積として大きい国ではありません。しかし、約560万人もの人々が暮らしており、その人口密度はモナコ公国に次いで世界2位にもなります。

シンガポールの公用語は英語、マレー語、中国語、タミル語の4言語であり、国際色豊かな国です。ビジネスや研究など、仕事でシンガポールに駐在、居住する外国人も多く、居住する人のうち、シンガポール国籍の人は約7割にとどまり、残りは外国籍の人が住んでいます。また、多民族国家であり、3/4が中華系、残り1/4はマレー系、インド系やアラブ系、西欧系が占めています(図1)。

150年ほど前までは小さな漁村で海賊の巣窟だった島を、19世紀になって、イギリス東インド会社のトーマス・スタンフォード・ラッフルズが自由貿易港とすることを宣言、後にこの地域がイギリスの植民地になって以来、中国人やマラッカ、ジャワ、ボルネオなどから大量に入植し、イギリス植民地の重要な貿易中継地として発展しました。独立国家となったのは1965年ですから、55年で著しく発展した国だと言えます。

【多国籍食文化の融合】

シンガポール食文化の大きな特徴のひとつは、多国籍であるということ。シンガポールに居住するそれぞれの民族は、リトル・インディア、チャイナタウン、アラブ・ストリートなど生活区域を分けています。そして、それぞれの生活区域で、独自の文化・食文化、生活様式を守り続けているのです。

【豊かな香辛料】

大きな貿易港であり、多民族国家であるシンガポールでは、多種多様な香辛料(スパイス)や香草を使って料理します。ペッパー(こしょう)、シナモン、ナツメグ、クローブは世界4大香辛料といわれ、私たちにも馴染みのあるものですが、シンガポール料理に使われる香辛料には、日本で馴染みのないものもたくさんあります。

香辛料の多くは、植物の葉や茎、果実、花、つぼみ、樹皮、種子、根を乾燥させたもの、あるいはその粉末です。シンガポールでは、乾燥して粉状にしたものを専用のボックスにまとめて置いておくのが一般的。料理するときにサッと取り出し、お好みの味に調合します(写真・左下)。生の香辛料としては、にんにくやしょうが、様々な辛さの唐辛子を使いますし、レモングラスやコリアンダー(パクチー)などの生鮮ハーブ類、甘酸っぱさを出すために乾燥タマリンドを使うこともあります(写真・中下)。また、シンガポールの市場やレストランに行くと、パンギノキという果実を見かけることがあります。パンギノキは青酸を含む有毒な果実ですが、水にさらしたり、発酵させたりすることによって毒を抜き、独特の香りの素として煮込み料理などに用います(写真・右下)。

では、香辛料を使う理由は何でしょう?香辛料には様々な効能があり、ここにも健康長寿の食事のポイントがあります。

(香辛料の効能①辛味・香りを与える)
文字通り、辛味や香りをつけるのが目的ですが、辛味や香りをつけることによって、食欲が増したり、爽快感を与えたりします。辛味を与えるものには、こしょう、唐辛子、マスタード、しょうがなどがあります。また、香りを与えるものとして、ナツメグ、クローブ、シナモン、クミン、アニス、カルダモン、レモングラス、コリアンダーなどが使われます。

(香辛料の効能②臭いを消す)
香りづけをする一方で、肉や魚などの特有の臭いを消すための防臭作用もあります。にんにくや玉ねぎの他に、コリアンダー、タイムやセージなどのハーブ類が使われます。

(香辛料の効能③料理に色を与える)
香辛料の中には、香りや味は強くないものの、料理に色をつけるために使われるものもあります。例えば、カレーがオレンジ系の色をしているのは、ターメリックが入っているからですし、添えられるライスが黄色いのは、サフランを使うから。日本でもきんとんを黄色く仕上げるときに、くちなしを用いることがあります。

(香辛料の効能④防腐・抗酸化作用)
クミンやクローブ、シナモンには防腐効果があります。これらの香辛料は、古代エジプト人がミイラを作るときにも使用したそうです。また、クローブに含まれるオイゲノールやターメリックに含まれるクルクミン、唐辛子のカプサイシンには抗酸化作用があるということも報告されています。

(香辛料の効能⑤健康食品として)
香辛料に含まれる抗酸化作用は食品の酸化を防ぐだけでなく、わたしたちの体でも健康効果を発揮してくれると考えられます。香りによる食欲増進効果や、消化促進効果の他に、ウコンやしょうが、にんにく、フェヌグリークには滋養強壮効果があることは有名です。また、こしょうやターメリック、ウコン、唐辛子などの香辛料には、アルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβの蓄積を抑制する成分があります。

香辛料をふんだんに使うシンガポールの料理は、まさに薬膳料理。日々、自然に健康食品を食べているのです。

【発酵調味料】

シンガポールの料理には、魚醤やシュリンプペーストなどの調味料が使われますが、これらはいずれも発酵食品です。シュリンプペーストはアミエビに塩を加えて発酵させたもので、塩辛く独特の香りを放ちますが、アミノ酸の旨味が多いため、料理に使うと旨味が増します。

シンガポールで食べられるマレー料理には「サンバルソース」というピリ辛のソースが欠かせませんが、サンバルソースにはシュリンプペーストを使います。唐辛子や小粒の玉ねぎ、にんにくを主体に、塩、こしょう、シュリンプペーストを石臼で挽き、ペースト状にして、サラダ油で炒めます。酢やライムなどで酸味と香りをつけて仕上げます(写真右)。

【魚介類】

島国であるシンガポールでは、魚介類を食べる習慣があり、魚を煮込んだ「フィッシュヘッドスープ」や、エビが入ったココナッツミルクのスープ「ラクサ」、蟹にピリ辛ソースを絡めた「チリクラブ」などはシンガポールの名物料理として知られています。その他にも、エビやイカなどの魚介類を食べることが多く、質の良いタンパク質と脂質を日常的に摂取することも、健康寿命を延ばす要因であると考えられます。

【野菜や果物を食べる】

世界の長寿食に共通しているのは、野菜や果物をたくさん食べること。市場に行くと新鮮な野菜や果物が手頃な価格で売られている他、ホーカーズと呼ばれる屋台(現在は衛生上、屋台でなく元屋台の店がフードコートのように集まっている)には、カットフルーツやフルーツジュースが売られており、簡単に果物や野菜を食べられる環境にあります。

シンガポールらしい南国フルーツといえば、フルーツの王様といわれるドリアンや、フルーツの女王といわれるマンゴスチン。日本でもおなじみのパイナップルにマンゴー、パパイヤ。日本では一般的ではない、ドラゴンフルーツやチェリモヤ、スターフルーツ、ジャックフルーツ、ランブータン、ロンガンなど、数えきれない魅力的な果物が食べられます。サラカヤシという果物はヤシの一種で、ヘビの鱗のような皮に覆われていることから、スネークフルーツとも呼ばれます。インドネシアとマレーシアに自生するもので、他の地域ではあまり見かけないので、シンガポールに行くことがあれば、食べてみるといいかもしれません。

【温かいお茶を飲む習慣】

ホーカーズに行けばフルーツジュースを売っていますが、普段は温かい飲み物を飲むのが一般的。特に中華系の人たちは体を冷やすことを嫌い、常に温かいお茶を持ち歩いていますし、朝食も温かく、消化の良いお粥を食べることが多いです。中華系の市場に行けば、烏龍茶やジャスミン茶などが買えます。

また、イギリスの植民地であったことから、シンガポールにはアフタヌーンティーの文化が根付いています。シンガポール発の紅茶専門店・TWGでは、緑茶や白茶、黄茶、青茶、ルイボスティーや、それらを基に作られるフレーバーティーなど、多種多様な茶葉が揃っています。

【まとめ・シンガポールの食に学ぶ長寿の秘訣】

シンガポールの食に秘められた健康長寿の要素、私たちの日々の生活に取り入れられるものは見つけられたでしょうか。

・料理に香辛料を使う

香辛料や香草、にんにくなどをふんだんに使った料理は、まさに薬膳料理。
いつも使っている調味料に加えて、エスニックな味に仕上げてみるもの良いでしょう。

・発酵食品を食べる

発酵食品は腸の環境を整え、免疫力の向上や代謝の向上につながります。
シンガポールでは、魚醤やシュリンプペーストを使いますが、日本にも、しょうゆや味噌、みりん、酢など、発酵調味料は様々あります。日々の食事に取り入れましょう。

・魚介類でカルシウムやミネラルを摂取する

エビやカニなどの甲殻類にはカルシウムやミネラル、食物繊維が豊富に含まれます。
また魚介類は質の良いタンパク質と脂質を摂取することができるので、積極的に食べると良いでしょう。

・野菜・果物を食べる

旬の野菜や果物を食べましょう。日本人の1日当たりの野菜目標摂取量は350g。
果物を食べるときはジュースにしないで、そのまま食べる方がより健康的でしょう。

・温かいお茶を飲む習慣

体の冷えは体の不調につながります。暑い日でも冷たいものを飲み過ぎないようにしましょう。

【シンガポール料理レシピ】

エビのタマリンドソース

エビは背開きして、タマリンドペースト、しょうゆ、砂糖、塩でマリネしておきます。フライパンに塩、オイル、しょうが、にんにくを入れ炒めたら、エビを加えて炒め、火が通ったら取り出します。マリネ液をフライパンに入れて、煮詰めながら味を整え、エビを戻し入れて仕上げます。
殻を除いても良いですが、写真のように殻付きで作ると風味が良く、カルシウムやミネラルがより多く摂れるでしょう。

サンバルココナッツ風味・野菜のシチュー

サンバルソースは、フレッシュのチリペッパー、乾燥のチリペッパー、小玉ねぎ(エシャロット)、シュリンプペースト、干しエビをブラインダーなどでペースト状にし、フライパンにオイルとともに入れて香りが出るまで炒めて作ります。このソースは作り置きもできます。

サンバルソースに、レモングラス、しょうが、こぶみかんの葉、乾燥タマリンド、塩を加えて加熱し、香りを出したら、ココナッツミルクを入れて加熱し、ツルムラサキや小松菜などの葉物野菜を加えてやわらかくなるまで煮ます。

チキンの味噌煮・ニョニャ風

フライパンに、オイルとみじん切りしたにんにく、エシャロット、しょうがを入れ、香りが出るまで炒めたら、コリアンダーパウダーを加えます。ひと口大に切った鶏肉、じゃがいも、にんじん、しいたけを加えて鶏肉の色が変わるまで加熱したら、水を加えてフタをし、鶏肉に完全に火が通るまで加熱します。

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