文化講座
私たちの身体と栄養(3)筋肉
2024年9月からは「私たちの身体と栄養」というテーマを取り上げています。私たちの身体には、心臓や肝臓、筋肉などのさまざまな臓器があり、臓器を作るための細胞が存在します。臓器や細胞は、協調してはたらき、私たちの生命や健康を維持するために機能しています。また、私たちが食べたものは、消化吸収された後、全身に運ばれて細胞や臓器がはたらくためのエネルギーとなります。本シリーズでは、身体の仕組みと栄養との関連について、解説していきます。今月は、私たちの身体や器官を動かすための筋肉を取り上げます。
【筋肉について】
筋肉は、筋線維という長い筋細胞の束でできており、筋線維の種類によって2種類に分けられます。ひとつは、細かい縞模様があり、骨格筋と心筋を含む横紋筋、もうひとつは、縞模様のない平滑筋です(図1)。
骨格筋は身体を動かすための筋肉、心筋は心臓を動かすための筋肉、平滑筋は胃や腸、血管などを動かすための筋肉です。一般的には骨格筋のことを筋肉と言い、自分の意思で動かすことのできる筋肉です。このような筋肉を随意筋と言います。一方、心筋と平滑筋は自らの意思で動かすことはできず、不随意筋と呼ばれます。
(筋肉が収縮する仕組み)
筋線維は、筋原線維というさらに細かい線維状のタンパク質によって構成されています。筋原線維を構成するタンパク質には、アクチンフィラメント、ミオシンフィラメントという2種類が存在し、交互に入り組んでいます。力を入れると、2種類の線維が引き合うようにして重なり、全体が短く太くなります(図2)。
骨格筋が収縮するときには、たくさんのエネルギーを必要とします。筋肉に蓄えられているエネルギーを使うほか、食事から摂取する糖などの栄養素を燃やしてエネルギーを産生しています。短距離を走る時に筋肉が疲れやすく時に痛みを伴うのは、酸素がない状態でエネルギーを産み出す際に、乳酸を作るからであり、長距離をゆっくり走る時には、そのような筋肉の疲れを感じません。これは、長距離を走る時には、酸素を使いながら、ゆっくりとエネルギーを産生するプロセスが働くからであり、その際には乳酸ができてこないからです。
(白筋と赤筋)
骨格筋は、色によっても分類することができます。白筋と赤筋です。私たちが食べる魚には、白身の魚と赤みの魚がいますが、前者のヒラメやタイ、タラなどが主に有しているのが白筋、後者のマグロやカツオなどが主に有しているのが赤筋です。ここから想像できるように、白筋は、収縮スピードが速く、比較的短い距離を速いスピードで動かすための筋肉であり、短距離走タイプの筋肉です。このため、白筋は「速筋」とも呼ばれます。一方、赤筋には、酸素を蓄えるためのミオグロビンというタンパク質がたくさん存在するため、赤色をしています。ゆっくりながら、繰り返し収縮しても疲れにくく、長時間にわたって持続して動かすための能力を有しています。このため、赤筋は「遅筋」とも呼ばれます。
白筋(速筋)は、加齢に伴い衰えやすい筋肉であり、赤筋(遅筋)は、加齢しても衰えにくいという特徴があります。加齢による筋肉の減少を抑制するためには、赤筋を使う有酸素運動と、白筋を使う筋トレの組み合わせがポイントとなります。
【筋肉の役割】
骨は、私たちの体を支えるだけでなく、内臓を守り、運動の補助をしてくれます。また、骨の内部に存在する骨髄は血液を作る場として重要です。また、骨はカルシウムやリンなどの貯蔵場所としても欠かせません。
① 体を動かし、安定させる
骨格筋は、腕や足の骨や皮膚を支えており、関節や脊柱などの骨格を動かします。骨格筋を収縮させることにより、自由に体を動かすことができ、筋肉があることによって姿勢を保つことができます。
② 衝撃の吸収、血管や臓器の保護
血管や骨、内臓を外部の衝撃から守るため、筋肉が緩衝材の役割を果たしています。
③ ポンプ機能
心臓は心筋という筋肉によって構成されており、ポンプとして全身に血液を送り出しています。このポンプ役は、骨格筋によっても支えられており、骨格筋は第二の心臓とも言えます。
④ 代謝を活性化する
筋肉を収縮して体を動かす時には、たくさんのエネルギーを使います。エネルギーを作り出す際には熱を産生しますので、冷えを防止するためにも筋肉の存在が重要です。また、エネルギーを産み出すためには、食事中の栄養素を燃やすこともあります。そのため、筋肉があると摂取したエネルギーを貯めにくく、太りにくいということにもつながります。
⑤ 水分を蓄える
私たちの体の水分量は、成人の場合、60%程度です。体の中で最も多く水分を含む臓器は筋肉であり、筋肉は70%以上が水分です。すなわち、筋肉は水分を蓄えるための重要な場所であり、筋肉量の減少は体内の水分量の減少にもつながります。
⑥ ホルモンを分泌する
骨格筋からは「マイオカイン」と呼ばれるホルモンが分泌されています。マイオカインは、現在発見されているもので数十あり、筋肉は、多彩なホルモンを分泌する内分泌器官であると言えます。マイオカインには、運動するとその分泌が増え、健康な筋肉を維持するための善玉マイオカインと、運動しないと増え、筋肉の合成を抑える悪玉のマイオカインが存在します。後者の代表的なものには、ミオスタチンがあり、ゲノム編集技術を用いてミオスタチンの遺伝子の一部を欠失した真鯛は、肉厚になることが見出されています。
【健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023】
2023年には、身体活動・運動分野の取り組みを推進するため、「健康づくりのための身体活動基準 2013」が改訂され、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023」が策定されました。筋肉や骨の衰えによるロコモティブシンドロームの予防を目的として、身体活動や運動についての推奨事項が書かれています。
この中では、従来の「1日60分以上の運動」から、「個人差を踏まえ、強度や量を調整し、可能なものから取り組む」と変更とし、個々の状況に応じた柔軟な取り組みを推奨しています。また、週2~3日の筋力トレーニングや、座位行動(座りっぱなし)の時間が長くなりすぎないように注意することや、高齢者において運動量を増やすことが推奨されています。
身体活動とは、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する、骨格筋の収縮を伴う全ての活動のことを指します。家事や通勤・通学に伴う生活活動、スポーツやフィットネスなどの運動、パソコン作業などの座位行動が含まれます。新しい指針では、座位行動が長くなりすぎないように、時々立ち上がって体を動かすことが推奨されています。
また身体活動が多いほど、生活習慣病の発症率や死亡率が低いこと、高齢者においても同様に、身体活動量の増加が生活習慣病の発症率や死亡率を低下させることが報告されています。高齢になってもなるべく体を動かすことが大切です。ダンベルやスクワットなどの筋力トレーニングに関しては、取り入れると死亡率が低下するという報告がある一方、長く行いすぎると逆に死亡率が増加することも報告されており、適切な筋トレ時間は週60分程度であるとされています。
【健康な筋肉を支える栄養】
筋肉を作るための重要な栄養素として、タンパク質があります。特に、運動後にはタンパク質の分解が亢進するため、食事からタンパク質を摂取して補う必要があります。一方、タンパク質の摂取量が多いほど筋肉量が直線的に増えるものではないため、体重や身体活動量に応じてタンパク質を摂取する必要があります。
タンパク質源としては、魚介類、肉類、卵、乳製品などの動物性タンパク質と、豆類、大豆製品などの植物性タンパク質をバランスよく食べると良いでしょう。タンパク質を含む植物性食品には他にも、ブロッコリーや芽キャベツ、とうもろこし、そば、アボカドなどがあります。ひとつの食品に偏ることなく、多様な食品を摂取すると良いでしょう。日本人の食事摂取基準2020年版では、18歳以上の1日あたりのタンパク質摂取推奨量は、男性が65g、女性が50g程度とされています。前述の、タンパク質を多く含む食品として300g程度を食べると、約60gのタンパク質を摂取できるとされていますので、目安にして下さい。
タンパク質は20種類のアミノ酸から構成され、体内で合成することができる非必須アミノ酸と、体内で合成することができないため、食事から摂取する必要がある必須アミノ酸があります(図3.栄養と代謝(6)「タンパク質と代謝」参照)。必須アミノ酸のうち、バリン、ロイシン、イソロイシンは、分岐鎖アミノ酸(または分枝アミノ酸)と呼ばれ、筋肉に多く存在するアミノ酸です。特に、運動時のタンパク質分解を抑える働きがあることなどが知られており、健康な筋肉を保つために重要なアミノ酸であると言えます。マグロ赤身、鶏むね肉、高野豆腐、牛乳、卵、納豆、チーズなどに多く含まれ、運動前後に食べると良いとされています。
体内にはグリコーゲンという形で糖質が貯蔵されており、筋肉は最大のグリコーゲン貯蔵庫です。グリコーゲンは筋肉が収縮する際のエネルギー源となっているため、糖質を摂取することも健康な筋肉の維持には欠かせません。また、筋肉はエネルギー代謝の場であり、エネルギー代謝を効率よく行うために、ビタミンB群やミネラルの摂取が重要です。タンパク質だけでなく、併せて糖質やビタミン、ミネラルを摂取するようにしましょう。