文化講座
第58回 老いるオイルと老いないオイル(9)ケトジェニックダイエット
第50回から始まった新しいシリーズ「老いるオイルと老いないオイル」では、脂質について基礎から詳細に知り、ご自身の食生活にどう活かせるか、考えていきます。
シリーズ9回目は、「ケトジェニックダイエット」について解説をします。
【ケトジェニックダイエットとは】
ケトジェニックダイエットとは、糖質を制限して、糖質の代わりのエネルギーとして脂質を摂取する食事療法のことです。糖質を控えて脂質を摂取することにより、体内でケトン体が増えるため、ケト(ケトン体を)ジェニック(合成する)ダイエット(食事)と呼ばれます。炭水化物の制限によりケトン体が増えると、脂肪が燃えやすくなることから、近年、その体重減少効果や糖尿病の食事療法が注目されており、「糖質制限ダイエット」や「ロカボダイエット(ローカーボハイドレイト; low carbohydrate = 低炭水化物)」としても知られています。ケトジェニックダイエットは短期間での体重減少効果が高いため、数年前には減量目的でこの食事を取り入れる人が多くいましたが、1日あたりの炭水化物摂取量を極端に制限するため、長期で取り入れることは困難な食事でもあります。また、炭水化物の代わりに増やす脂質の質も考慮する必要があります。
【三大栄養素】
私たちの体に必要な栄養素は様々ありますが、なかでも炭水化物、タンパク質、脂質を三大栄養素といい、私たちの体を構成し、エネルギー源となります。炭水化物とタンパク質は1gで4kcal、脂質は1gで9kcalのエネルギーを生み出すことができ、食事あるいは食品あたりのカロリーはこれらを基に計算されます。ちなみに、三大栄養素の代謝には、ビタミンやミネラルの存在が欠かせず、またミネラルは私たちの体の構成成分としても重要であるため、三大栄養素にビタミン、ミネラルを加えて五大栄養素と呼ばれます(図1)。
図⒈ 私たちの体に欠かせない栄養素
糖質(炭水化物)、タンパク質、脂質はエネルギー源として使われるだけでなく、体を構成する重要な栄養素であり、三大栄養素と呼ばれる。これに、ビタミン、ミネラルを加えて五大栄養素という。ビタミン、ミネラルには、三大栄養素の代謝を補助する役割がある。
【ケトジェニックダイエットにおける栄養バランス】
厚生労働省による2020年版の「日本人の食事摂取基準」によると、エネルギー比にして、炭水化物は65~67%、タンパク質は13~15%、脂質は20%が目標値です。一方、ケトジェニックダイエットでは、炭水化物が5~10%、タンパク質が20~25%、脂質が70~80%であり、三大栄養素のバランスが大きく異なることがわかります。また、炭水化物を極端に制限するということは、炭水化物から作られるはずのエネルギーが減少するということになるため、代わりに脂質やタンパク質で補う必要が出てきます(図2)。
図⒉ 通常の食事とケトジェニックダイエットにおける三大栄養素のバランス
左)厚生労働省による日本人の食事摂取基準(2020年版)にて推奨されている三大栄養素のバランス。炭水化物が大半を占める。右)ケトジェニックダイエットにおける三大栄養素のバランス。ケトジェニックダイエットでは炭水化物摂取を極端に制限するため、総エネルギー摂取量が不足しないように脂質やタンパク質でエネルギー補給する必要がある。
【1日に必要なエネルギー】
私たちは生きていくためにエネルギーを必要とします。このエネルギーの約半分は、基礎代謝と言って、生命維持に必要なエネルギーであり、私たちが寝ている間も使われるもの、すなわち心臓や腎臓などを動かすために必要なエネルギーです。基礎代謝のほか、食事の後に消化吸収のために使われるエネルギーや、体を動かすために必要なエネルギーなどがあります。体を動かすために必要なエネルギーは、活動量に依存するため、身体活動レベルが低い、普通、あるいは高い、の3段階に分けられ、この身体活動レベルと年齢、性別から、おおよそ1日に必要なエネルギーを知ることができます(表1)。
身体活動レベルの分類 | ||
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低い(Ⅰ) | 生活の大部分が座位で、静的な活動が中心 | |
普通(Ⅱ) | 座位中心の仕事だが、職場内での移動や立位での作業・接客など、 通勤・買い物での歩行、家事、軽いスポーツのいずれかを含む |
|
高い(Ⅲ) | 移動や立位の多い仕事への従事者、あるいはスポーツなど余暇における活発な運動習慣がある |
表⒈ 年齢・身体活動レベル別の推定エネルギー必要量
(日本人の食事摂取基準・2020年版より抜粋)
【ケトジェニックダイエットの長所と短所】
ケトジェニックダイエットでは炭水化物の摂取量が極端に少なくなるため、血糖値が上昇しにくく、インスリン濃度が低下します。この結果、インスリン感受性が高くなり(インスリンが効きやすくなり)、糖尿病治療として有効であることが知られています(Nutrients 11: 962, 2019)。インスリン濃度の低下は、脂肪組織における脂肪分解を促進して、脂肪酸を肝臓に移行し、肝臓でのケトン体の産生を介して、エネルギーの消費を行うため、短期間での減量効果が高くなります。
一方で、ケトジェニックダイエットを長期間行ったときの安全性については、十分に検証されていません。ケトジェニックダイエットを行うと、意識がもうろうとしたり、めまいや疲れを感じやすくなったり、便秘になったりするとも報告されています。また、長期の副作用として、LDL(悪玉)コレステロールの増加や銅、亜鉛などのミネラルの欠乏なども報告されています(化学と生物 54: 650-656, 2016)。このため、ケトジェニックダイエットは万人に健康をもたらす食事とは言えません。
ケトジェニックダイエットは、短期間で劇的な体重減少効果がある一方、副作用をもたらすこともあるため、現在では極端な炭水化物制限食でなく、マイルドに炭水化物を制限する食事も注目されています。地中海式ダイエットもそのひとつであり、摂取カロリーは変えず、脂質からのカロリー摂取を35%程度と多めにしても、脂質源を肉類などの飽和脂肪酸から魚介類やオリーブオイルなどの不飽和脂肪酸に変えることによって体重減少効果が得られることが報告されています(第8回「地中海式ダイエット」参照)。また地中海式ダイエットに加え、MCT(mediumchain triglyceride:中鎖脂肪酸)オイルを取り入れるというMCTダイエットもまた、わずかに糖質を抑えて良質の脂質を取り入れる食事であり、最近注目を集めています。
【まとめ】
今回は、ケトジェニックダイエットについて解説しました。極端に炭水化物を制限することは、短期間での体重減少や糖代謝の改善などが期待される一方、栄養の偏りや、精神的・身体的な不調をきたすこともあるため、注意が必要です。次回は、わずかに炭水化物を制限して、中鎖脂肪酸を取り入れる、MCTダイエットについて解説します。