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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

栄養と代謝(5)脂質の代謝異常による病気

第62回から始まったシリーズ「栄養と代謝」では、私たちの健康に必要な栄養素とその代謝について基礎から学び、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしています。

シリーズ5回目は、脂質の代謝異常によって引き起こされる病気について解説します。

【脂質異常症】

脂質異常症は、体内で脂質の代謝がうまくなされなかったり、食事からの脂質摂取量が多すぎたりすることによって血液中の脂質が基準値から外れる状態のことです。脂質異常症には、以下の3つのタイプがあります。

・高LDL 血症(いわゆる悪玉コレステロールが高い状態)
・低HDL 血症(いわゆる善玉コレステロールが低い状態)
・高トリグリセライド血症(中性脂肪が高い状態)

脂質異常症は自覚症状がないため、放置されがちですが、動脈硬化を進行させ、心筋梗塞や脳梗塞の発症リスクを高めます。以下のように脂質異常症の診断基準が定められています。

脂質異常症診断基準

* 基本的に10時間以上の絶食を「空腹時」とする。ただし、水やお茶などカロリーのない水分の摂取は可とする。空腹時であることが確認できない場合を「随時」とする。

**スクリーニングで境界域高LDL-C血症、境界域高non-HDL-C血症を示した場合は、高リスク病態がないか検討し、治療の必要性を考慮する。

・LDL-CはFriedewald式(TC-HDL-C‒TG/5)で計算する(ただし空腹時採血の場合のみ)。

 または直接法で求める。

・TGが400mg/dl以上や随時採血の場合は、non-HDL-C(=TC‒HDL-C)かLDL-C直接法を使用する。ただし、スクリーニング時でnon-HDL-Cを用いるときは、高TG血症を伴わない場合はLDL-Cとの差が+30mg/dlより小さくなる可能性を念頭においてリスクを評価する。

・TGの基準値は空腹時採血と随時採血により異なる。

・HDL-Cは単独では薬物介入の対象とはならない。

日本動脈硬化学会編:動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版.2022:p22

【動脈硬化性疾患】

動脈硬化性疾患とは、動脈硬化によって引き起こされる病気の総称です。主に、心臓の筋肉に血液を送る冠状動脈が狭くなったり塞がったりして、心筋への血液の流れが悪くなり酸素不足に陥る「虚血性心疾患」(狭心症、心筋梗塞)と、「脳血管障害」(脳卒中、脳梗塞、脳血栓など)、大動脈瘤があります。大動脈瘤は、動脈が血圧に耐えられず部分的にコブのように大きくなったもので、破裂する危険性があります。動脈硬化性疾患は、日本人の死因の2割ほどを占め、がんに次ぐ大きな死因となっています。

動脈の血管壁は、外膜、中膜、内膜の三層構造で成り立っており、内膜の最も内側には内皮細胞という細胞が存在します。動脈硬化の初期には、内膜の内皮の下にコレステロールや、コレステロールを溜め込んだマクロファージという免疫細胞などが蓄積し、プラークと呼ばれるコブができます。プラークができることによって、動脈は狭く、硬く、もろくなり、血管の働きが悪くなった状態を「動脈硬化」と言います(図1)。

プラークが破れると、傷を修復するために、血小板でかさぶたが作られます。これを血栓と言い、血栓が大きくなって血流が完全に妨げられてしまうと、動脈硬化性疾患を引き起こすことがあります(図1)。

図⒈ 動脈の構造と動脈硬化
内膜の内皮の下にコレステロールや、コレステロールを溜め込んだマクロファージが蓄積することによってプラークが形成されると、動脈はしなやかさを失う。この状態を動脈硬化という。プラークが破れて血栓ができると血流が妨げられ、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の発症につながる危険性が高まる。

【脂肪肝と脂肪肝炎】

肝臓にトリグリセライドが蓄積した状態である脂肪肝は、近年、メタボリックシンドロームに合併しやすい病気として注目されています。エネルギーの過剰摂取によって余剰のエネルギーは脂肪組織だけでなく、肝臓にも貯蔵されます。肝細胞の30%以上にトリグリセライドが蓄積すると脂肪肝と診断されます。

従来、脂肪肝はアルコールの過剰摂取によるものと考えられてきましたが、飲酒量が少ないにも関わらず肝臓に脂肪を蓄積する病気を非アルコール性脂肪性肝疾患「NAFLD」(nonalchoholic Fatty Liver Disease, ナッフルディーと読む)と言い、肥満人口の増加を背景に、近年急増しています。全世界での有病率は20~30%にも及びます。NAFLD のうち10%は、炎症を伴う、脂肪肝炎「NASH」(nonalchoholic steatohepatitis, ナッシュと読む)であり、悪化すると肝硬変や肝がんに進展することもあります(図2)。

図⒉ 脂肪肝の悪化
飲酒量が少なくても脂肪肝になるNAFLD は、肥満やメタボリックシンドロームの患者数の増加に伴って増えている。NAFLD のうち10%程度は肝硬変から肝がんに進展すると考えられている。

NAFLDは、高トリグリセライド血症、高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症などの脂質異常症と関連があるとされています。すなわち、脂質異常症がNAFLDを引き起こす原因であり、NAFLDになると脂質異常症を引き起こすこともあるという、双方向に悪化させる可能性が指摘されています。

【脂質代謝異常の原因は?】

脂質の代謝異常は、生活習慣、特に食生活の乱れと運動不足によって起こると考えられます。食べ過ぎや過剰な飲酒に加え、脂質や糖質の多い高カロリーな食事が多い人は脂質異常症になりやすいです。また、高血圧や糖尿病に罹患している人は脂質異常症にもなりやすいことも知られています。

(高LDLコレステロールの原因)
特に、肉類やバター、ラードなどに含まれる飽和脂肪酸の過剰摂取はLDLコレステロールを高めるので、食べ過ぎには注意が必要です。コレステロールの食べ過ぎもLDLコレステロールを高めますが、食事由来のコレステロールの影響は小さいと考えられており、現行の厚生労働省「日本人の食事摂取基準」では、健康な人においてはコレステロールの摂取上限値は定められていません(第61回「老いるオイルと老いないオイル(12)コレステロール」参照)。ただし、高LDLコレステロール血症の人においては、コレステロールの摂取を200mg/日未満に制限することで、LDLコレステロールを低下させ、動脈硬化性疾患の発症を予防できる可能性があるとされています(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版)。食事中のコレステロールは、主に鶏卵の黄身や魚卵から摂取されるため、高LDLコレステロール血症の方は、これらの食品を食べすぎないように気をつけましょう。

(家族性高コレステロール血症)
LDLコレステロールが高くなる原因のひとつとして、「家族性高コレステロール血症」という病気があります。LDLコレステロールを細胞に取り込むためのLDL受容体の遺伝子や、LDL受容体を制御するために必要な遺伝子に異常があり、細胞にLDLコレステロールが取り込まれないために、血液中の値が高くなってしまいます。日本では、300人に1人程度の割合で存在するとされています。

(高トリグリセライド血症)
トリグリセライド(中性脂肪)が高くなる原因としては、エネルギーの過剰摂取、糖質、脂質、アルコールの過剰摂取などが考えられます。

(低HDL コレステロール血症)
トリグリセライドが高いとHDL コレステロールが低くなる傾向があります。

【食事による脂質改善】

・飽和脂肪酸の摂取を控える

適正な総エネルギー摂取量のもとで飽和脂肪酸(肉類やバター、ラードなど)を減らすことは脂質の改善に有効です。

・多価不飽和脂肪酸を積極的に摂取する

青魚を中心とした魚介類の摂取量を増やす、あるいは飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換えることは脂質の改善に有効です。

・一価不飽和脂肪酸の摂取量を増やす

飽和脂肪酸をオリーブオイルやキャノーラ油などの一価不飽和脂肪酸に置き換えることにより動脈硬化性疾患発症の予防につながると考えられています。

・コレステロールを多く含む食品を控える

高LDL コレステロール血症の患者では、コレステロール摂取を200 mg/日未満に制限することでLDL コレステロールを低下させ、動脈硬化性疾患発症を予防できる可能性があります。

・トランス脂肪酸の摂取を控える

マーガリンやショートニングの一部、あるいはこれらを使った揚げ物や菓子類などにトランス脂肪酸が含まれる場合があります。摂取を控えるようにすると良いでしょう。

・食物繊維の摂取を増やす

全粒穀物、野菜や果物を積極的に食べることにより、食物繊維の摂取を増やすことは脂質の改善に役立ちます。

・果糖を含む加工食品の摂取を控える

果糖を含む清涼飲料水などを過剰摂取すると動脈硬化性疾患の発症を招く可能性があります。
過剰に摂取しないよう、気をつけましょう。

【まとめ】

今回は、脂質の代謝異常による病気について解説しました。脂質の異常は自覚症状がないものの、放置すると死に至る病気を招く可能性があるため、日頃の生活習慣に気をつける必要があります。肉類や加工肉が少なく、魚介類、大豆、野菜、海藻、果物、きのこ、穀物を取り合わせて食べる伝統的な日本食は、脂質を改善し、動脈硬化性疾患の予防が期待されます。伝統的な日本食を今一度見直してみてはいかがでしょうか。

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