文化講座
第56回 老いるオイルと老いないオイル(7)多価不飽和脂肪酸②
第50回から始まった新しいシリーズ「老いるオイルと老いないオイル」では、脂質について基礎から詳細に知り、ご自身の食生活にどう活かせるか、考えていきます。
シリーズ7回目は、多価不飽和脂肪酸のひとつであるオメガ3系脂肪酸について、最新の知見を踏まえながら解説をします。
【オメガ3系脂肪酸】
オメガ3系脂肪酸には、α-リノレン酸、EPA、ドコサヘキサエン酸(DHA)があり、炭素数と二重結合の数が少ないα-リノレン酸が体内でEPA、DHAへと変換されていきます(図1、第53回「老いるオイルと老いないオイル(4)不飽和脂肪酸」参照)。
亜麻仁油やエゴマ油、魚介類に含まれるα-リノレン酸は、炭素18個、二重結合3個の脂肪酸であり、食事を介して私たちの体内に入ると、体の中に存在する酵素によって炭素と二重結合が増やされて、EPAやDHAに変換されます。EPA、DHAは魚介類に多く含まれ、畜肉にはほとんど含まれません(第55回「老いるオイルと老いないオイル(6)多価不飽和脂肪酸①」参照)。
オメガ3系脂肪酸はいずれも私たちの体内では作り出すことができず、不足すると皮膚炎などの健康被害が発生するため、食事などから摂取する必要があり、「必須脂肪酸」と呼ばれます。私たちの体内でのα-リノレン酸からEPAへの変換率は0.25~7%、DHAへの変換率は0.01~0.05%しかないと報告されており(Adv Nutr 3: 1-7, 2012)、魚介類を食べないと、ほとんどEPAやDHAが供給されないと考えられます。
図1 オメガ3系脂肪酸の構造と体内での変換
【オメガ3系脂肪酸の健康効果】
(動脈硬化性疾患を抑制)
心筋梗塞やくも膜下出血などの動脈硬化性疾患は、日本における死因の3割弱を占めており、動脈硬化を予防することは、健康で長生きするために、とても重要なポイントです。EPAやDHAの血中濃度が高い人や、EPAを投与された人においては、動脈硬化性疾患の減少が認められています(第55回「老いるオイルと老いないオイル(6)多価不飽和脂肪酸①」参照)。また、EPAとDHAは、血液の抗凝固効果、すなわち、血液が血管内で固まりにくくする効果があります。
動脈硬化が進むと、血管内に動脈硬化巣(プラーク)という、脂質やマクロファージなどの免疫細胞や、その死骸などが集まった塊ができてきますが(図2)、このプラークが不安定であるほど破裂しやすく、血栓(血管の中で血液が固まったもの)を作りやすいため、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす可能性が高くなります。EPAやDHAには、プラークを安定化する作用があるため、動脈硬化性疾患の発症を抑制すると考えられます。
図2 正常な血管と動脈硬化の血管
(血中中性脂肪値の低下)
前述の動脈硬化のリスクを高める因子として、血中中性脂肪(トリグリセリドとも言います)の増加が挙げられます。血中中性脂肪の増加は、動脈硬化を促進し、結果として脳梗塞や脳内出血、心筋梗塞などをもたらします。血中中性脂肪の基準値は、30~149mg/dlとされており、過剰になっても自覚症状を感じることがないので、定期健康診断を受診し、自身の中性脂肪値を認識しておくことが大切です。EPAには、血中中性脂肪を減らす効果があり、中性脂肪を下げる薬としても使われているほどです。また、悪玉コレステロールを減らす効果もあり、相乗的に動脈硬化のリスクを下げていると言えます。
(炎症を抑制)
近年、生活習慣病や自己免疫疾患、がんなどの様々な病気に共通して、慢性炎症が関わることが明らかになってきました。「炎症」というと、痛みや赤み、熱を伴う状態を言いますが、慢性炎症は、気づかないうちに体のどこかで徐々に進んでいきます。この慢性炎症が種々の病気の原因になっているのではないかというのです。動脈硬化巣にはたくさんの免疫細胞が集まってきており、まさに慢性炎症が起こっている状態ですが、EPAには、炎症を抑制するような効果があり、動脈硬化の進展を抑制すると考えられます。動脈硬化だけでなく、肥満の脂肪組織や、脂肪肝の肝臓、腸炎においても慢性炎症が進行していると考えられており、動物実験レベルですが、EPAを摂取することによって各病気の症状が改善することも報告されています。
(アレルギーの予防・改善)
EPAの抗炎症効果は、アレルギー症状の抑制とも関連しているようです。動物を用いた実験では、α-リノレン酸が多い亜麻仁油を含んだ餌を食べさせるとアレルギー症状が改善することが報告されています。また、妊婦を対象とした研究でも、EPAおよびDHAの摂取量が多い人では、アレルギー性鼻炎に罹る人が少ないことが明らかにされています。さらに、妊娠中や授乳中の母親がEPAやDHAのサプリメントを摂取すると、子どものアレルギー発症を抑制するという報告もあります。花粉症に悩んでいる人は、花粉飛散量がピークを迎える前にオメガ3系脂肪酸を積極的に食べるようにすると症状が軽減されるかもしれません。
(自己免疫疾患の改善)
私たちの体は、異物から身を守るために「免疫」というシステムを持っていて、自分(自己)と外来異物(非自己)を区別することができますが、自己と非自己が正常に区別できないと様々な病気を引き起こします。自己免疫疾患は、免疫が自己を攻撃することによって生じる病気で、全身性エリテマトーデスやリウマチ、バセドウ病、I型糖尿病などがあります。様々ある自己免疫疾患のほとんどは難病指定されています。すなわち、原因が明らかでなく、治療法が確立していないということです。EPAあるいはEPAとDHAを摂取している人では、全身性エリテマトーデスやリウマチ、I型糖尿病の症状が改善したという報告があり、オメガ3系脂肪酸が免疫のバランスを整えている可能性が考えられます。
著者は最近、全身性エリテマトーデスを発症する動物モデルにEPAを多く含む餌を食べさせると、病態が改善することを報告しました(Front Immunol 12: 650856, 2021)。全身性エリテマトーデスでは、自己に対する抗体(自己抗体)が産生され、その結果として病態の悪化が起こりますが、EPAは抗原提示細胞やB細胞などの免疫細胞の過剰な活性化を抑制することによって自己抗体の産生を抑制し、病態を改善することを明らかにしました(図3)。
図3 全身性エリテマトーデスにおけるEPAの役割について、著者らの研究成果
(胎児の成長を助ける)
オメガ3系脂肪酸の中でもDHAは神経シナプスや網膜に多く存在し、脳や網膜の発達に欠かせません。妊娠中は胎児の器官形成のために、より多くのオメガ3系脂肪酸の摂取が必要とされており、胎児のオメガ3系脂肪酸の量は、母体が摂取した量と相関するため、母体が十分に栄養摂取することが不可欠です。一方、オメガ3系脂肪酸の摂取が0.146g/日以下の妊婦は、早産あるいは低出生体重児出産のリスクが高いと報告されています(Am J Clin Nutr 85: 1142-1147, 2007)。
妊娠中、授乳中は、EPAやDHAを積極的に摂取したい一方、食物連鎖によって魚に蓄積した水銀を摂取しすぎないよう、気をつける必要があります。すなわち、大型の魚には、水銀が蓄積しやすいため、マグロやメカジキなどは1週間に80g程度までの摂取に抑えることが推奨されています。キハダマグロ、ビンナガマグロ、メジマグロ、サケ、アジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリ、カツオ、ツナ缶など、特に注意が必要でないような魚を食べてEPAやDHAを補給しましょう。
(認知機能の維持)
近年、認知症の高齢者が増え続けており、2012年には7人に1人の割合だったのが、2025年には5人に1人が認知症になると推定されています。ところが、認知症に対する根本的な治療はないため、いかに予防するかが重要な課題です。DHAは、神経細胞に多く存在することから、認知機能の維持にも関与していると考えられています。実際、認知症患者では、健常者と比べて血中のEPAおよびDHA量が著しく低いことが報告されています。また、動物を用いた実験では、DHAを多く含む餌を食べさせると、認知症の症状が改善することが明らかにされていることから、認知機能の維持においても良い効果があるかもしれないと考えられています。
【オメガ3脂肪酸を積極的に摂る 参考レシピ・魚の香味焼き】
年に2回、冬と春に旬を迎えるサワラを使った簡単レシピです。魚料理が苦手な方でも手軽に作ることができて、EPA、DHAを摂取できます。サワラの代わりにカジキやタラなどを使っても良いでしょう。
(材料:4人分)
- サワラ(1切れ120g程度) 4切れ
- 塩 小さじ1/3
- 小麦粉 適量
調味料A
- 酢 大さじ3
- しょうゆ 大さじ3
- ごま油 小さじ1
- すりごま 小さじ2
- 長ネギ(みじん切り) 1~2本
- にんにく(すりおろし) 1/2かけ分
- しょうが(すりおろし) 1かけ分
(作り方)
- 1)魚の両面に軽く塩をふり、水気を切って、小麦粉をつけます。
- 2)フライパンに油(分量外)を入れ、1)を焼きます。
- 3)魚が焼けたら調味料Aを入れて、絡ませるようにして焼き上げます。
※写真には、魚と共に焼いたししとうが添えてあります。
【まとめ】
今回は、多価不飽和脂肪酸の中でもオメガ3系脂肪酸について解説しました。オメガ3系脂肪酸には様々な健康効果があることが明らかになってきており、特にEPAによる免疫調節能には注目が集まっています。オメガ3脂肪酸を日々、積極的に摂取して健康維持に努めましょう。