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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第33回 免疫力を高める

連日、新型コロナウイルス感染症に関して報道されていますが、一方で「免疫力を高めよう」という趣旨の記事も多く見かけます。「免疫力」とはそもそも何なのでしょうか?「免疫」とは、わたしたちの体を外敵(非自己)から守るシステムのことで、このシステムがうまく働かないと感染症にかかりやすくなったり、アレルギーを発症したりします(第12回「わたしたちの体を守る免疫」参照)。前回解説した花粉症も、免疫システムがバランスを崩すことによって発症するものです(第32回「家庭でできる花粉症対策」参照)。
今回は「免疫」について今一度理解を深め、免疫システムの破綻によって起こる病気について解説していきたいと思います。

【免疫とは】

「疫(えき=病気)を免れる(まぬがれる)」という意味の免疫は、わたしたちの体にとって有害なものを排除し、健康を維持するための自己防衛システムのことです。

免疫に関わる細胞は実に多種多様で、その反応は複雑ですが、大きく「自然免疫」と「獲得免疫」 に分けることができます。とにかく異物を食べて殺してしまう、第一線の防御策としての「自然免疫」と、自然免疫では除去しきれないものを攻撃し、外来物を記憶して再来に備えるための「獲得免疫」があります(図1)。

(自然免疫)

異物が体の中に侵入すると、異物をいち早く除去するシステムがあります。自然免疫です。このシステムでは、マクロファージや樹状細胞といった免疫細胞が異物を食べて殺します。短時間で起こるので、一次防御として有効なシステムです。どうやって異物を認識するのか?異物には共通の、わたしたちの体には存在しない目印があり、その目印を区別して認識しているため、異物は除去され、自分の細胞は攻撃対象にならないのです。

しかし、自然免疫で全ての異物を除去できるわけではありません。また、一度体の中に入ってきた異物を記憶して、より効率良く異物排除を行うようなシステムが必要になります。このために働くのが獲得免疫です。

(獲得免疫)

自然免疫でマクロファージや樹状細胞が異物を食べてやっつける一方で、食べて消化した異物の情報が司令塔であるT細胞に伝えられます。T細胞のうち、キラー細胞は異物に感染した細胞を殺す作用を持っていますし、ヘルパーT 細胞はさらにB細胞指令を出して抗体を作らせ、異物を攻撃します。すなわち、獲得免疫では大きく2つの方法で異物の攻撃を行うことができます。

また一度感染症にかかると、同じ感染症にはかからない、あるいはかかっても症状が軽くなります。これは「免疫記憶」のおかげ。この仕組みを利用したのが、ワクチンによる予防接種です。インフルエンザが流行り始める頃に、流行るであろうと予測される型のインフルエンザワクチン(感染力を弱くしたウイルス)をあらかじめ接種しておくことによって、前もってB細胞に抗体を作らせておきます。そうすることで、実際のインフルエンザウイルスが侵入してきたときには速やかに攻撃することができるというわけです。

インフルエンザウイルスも新型コロナウイルスも、似たような症状が出るのに、インフルエンザワクチンは効かないのはなぜなのか?それは、免疫が特異的に起こるからです。インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスは違う特徴を持っています。もっと言えば、コロナウイルスは何種類もの異なるウイルスが存在していますが、同じコロナウイルスと言っても、型が違えば特徴も違うため、新しいウイルスは記憶されていません。ですから、以前に別のコロナウイルスに感染した経験があったとしても、新型には対応できないのです。

【獲得免疫の特徴】

上述のように獲得免疫は、自然免疫では対応できなかった異物の攻撃を担い、以下のような特徴を持ちます。

  • 2度目はかからない/かかっても軽症に抑えられる(免疫記憶)
    前述のインフルエンザワクチンにように、麻疹(ハシカ)も一度かかると、再度かかることはありません。獲得免疫が前回の感染を記憶してくれるからです。
  • 病原体を見分ける(特異性)
    ハシカにかかった経験があっても、おたふく風邪を予防することはできません。インフルエンザにかかった経験があっても、新型コロナウイルスを予防することはできません。
    これは、免疫が特異的にしか反応できないためです。
  • どんな外敵にも対応できる(多様性)
    免疫が特異的である一方、どんな外敵が入ってきても、獲得免疫がそれぞれに対して反応するため、時間がかかるものの、どんな外敵にも対応して攻撃することができます。
  • 自分自身は攻撃しない(自己寛容)
    外敵は攻撃するものの、自分自身は攻撃しない、自己寛容が存在します。

【免疫力とは】

免疫が働かないと、外敵に侵されて病気になる一方、免疫が間違って過剰に活性化されるとアレルギーの原因になります。また、異物と自分自身を正しく認識できないと、自分自身を攻撃することとなり、自己免疫疾患を発症したりします。すなわち、正しく異物を異物として認識することが大切であり、免疫の活性化が過剰に起こり過ぎないように、抑える力が必要です。この免疫システムがバランス良く働くことを、一般的に「免疫力」と呼び、免疫力を高めることが病気の予防につながると考えられています。

【免疫が正常に働かない】

異物が除去されないとどうなる?
わたしたちの体は、日々さまざまな異物にさらされています。異物とは、カビや細菌などの微生物や、インフルエンザウイルスや季節性の風邪ウイルス、エイズの原因となるHIVのようなウイルス、ダニやホコリ、花粉などの汚染物質など、多岐に渡ります。これらの異物が体の中に侵入して排除されないでいると、下痢や嘔吐を起こしたり、感染症になったり、肺炎になったりします。

異物を誤認識するとどうなる?
食物アレルギーを持っている人がいます。本来ならば、わたしたちの健康を支えるために必要な食べ物ですが、食物中に含まれる特定のタンパク質を異物と認識してしまうと、免疫システムが間違って反応してしまい、蕁麻疹(じんましん)や湿疹、下痢、咳、呼吸困難などの症状を起こすことがあります(第13回「食物アレルギー」参照)。

自分自身を異物だと認識するとどうなる?
本来、自分自身は攻撃しないという自己寛容が存在しますが、これがうまく作用しないと、自分自身を攻撃します。自分自身のすい臓の細胞を攻撃してしまうと1型糖尿病を発症しますし、自分自身の関節を攻撃してしまうと関節リウマチを発症するなど、自己免疫疾患という病気の発症につながってしまいます。

免疫が過剰に活性化してしまうとどうなる?
上述のように免疫の異常によって病気を発症しても、攻撃終了を指示するシステムが正常に働けば、適切なタイミングで攻撃を止められます(図1)。しかし攻撃終了のシステムが働かないと、過剰に活性化して炎症状態になってしまったり、慢性的な病気になってしまったりします。

がんは免疫作用異常なのか?
最近の研究から、がん細胞が増殖するのもまた、免疫の異常によるものだということがわかってきました。がん細胞は、自分自身の体の一部ですが、体の健康にとっては害になるものなので、除去されるべきものです。しかし、一部のがん細胞は、免疫細胞による監視システムから逃れられるように、マスクして、見つからないようにしているのです。新しい治療法は、このマスクをがん細胞から外してあげようとするもの。詳しくは次回以降に解説することにします。

【免疫力を高めるために】

免疫力を高めましょう、といっても何をどうすれば良いのか、はっきりとした答えがないのが現状です。これを食べれば免疫力が高くなる、という魔法の食品はありません。短期間でどうにかなるというものでもありません。このことを理解しておくことは、間違った情報に惑わされないために重要なこと。そのうえで、日々以下のようなことに気をつけ、長期的に免疫力を高める、あるいは免疫システムを正常に維持するように努めることが大切です。

①バランスの良い食事

食生活の偏りや栄養バランスの乱れによって、免疫に必要な栄養が不足すると、免疫力の低下を招きます。健康な免疫細胞を維持するために、タンパク質やビタミンA、ビタミンEは欠かせませんし、ミネラルや脂質も必要です。これだけ摂れば良いという特定の栄養素や食品については現在までに明らかにされていません。なるべく多くの種類の食品をバランス良く食べることを心がけましょう。

バランスの良い食事とは、主食(ご飯やパン、麺などの炭水化物)に、主菜(魚、肉、卵、豆類などのタンパク質・脂質)、副菜(野菜、きのこ、海藻などのビタミン、ミネラル)、牛乳・乳製品・果物などを組み合わせた食事です(第12回「わたしたちの体を守る免疫」参照)。

毎日3食の食事をもっとわかりやすくバランス良く食べたいという方にお勧めしたいのが、5つの色に着目した食べ方(第16回「自律神経を整える」参照)。赤、白、黄、緑、黒の5つの色がまんべんなく食事中に含まれるか、どれかの色が欠けていないかに気をつけて、できるだけたくさんの食材を食べることで、自然と栄養バランス良く食べられます。

赤: 肉類、魚類、にんじん、トマトなど
摂取できる栄養素は、タンパク質、脂質、ビタミン
白: ごはん、パン、麺、芋類など
摂取できる栄養素は、炭水化物、ビタミン
黄: 大豆、大豆製品、卵、とうもろこし、かぼちゃなど
摂取できる栄養素は、タンパク質、ビタミン
緑: ほうれん草、小松菜、ブロッコリー、ピーマンなど
摂取できる栄養素は、ビタミン、ミネラル
黒: 海藻類、きのこ類、ごぼう、ごま、こんにゃく
摂取できる栄養素は、食物繊維、ミネラル

また、腸内細菌の数が少ないと、病原体に感染しやすく、症状が悪化しやすいという報告もあります。味噌やヨーグルトなどの発酵食品、食物繊維などを食べて、腸内環境を整えることも、免疫力アップに重要でしょう(第11回「腸から腸健康へ!」参照)。

②体を冷やさない

体温の低下は免疫機能の低下を招き、体温の上昇は免疫機能の活性化につながります。バランスの良い食事と運動を組み合わせて、血行を良く保ち、新陳代謝を良くすることで、栄養を全身の免疫細胞に運び、免疫細胞が正しく働く体の環境を整えましょう。

③適度な運動

適度な運動を取り入れることは、健康に生きるために必要です。1日に30分から1時間程度の運動を取り入れましょう。特に、筋肉に少し負荷がかかるような運動をすると、筋肉が鍛えられ、熱を産生する体になり、体を冷やしにくくなります。

④睡眠をしっかり

自律神経のバランスは免疫機能に大きく影響しています。その自律神経の働きを整えるために、質の良い睡眠をとることが大切です。

⑤ストレスをためない

ストレスもまた、自律神経のバランスを崩す原因です。適度なストレスは生活にメリハリを与え、肥満やメタボリックシンドロームなどの病気の防止などにもつながりますが、過度のストレスは免疫バランスを崩し、体調不良の原因となります。前向きに、ストレスをためないようにしましょう。

⑥現在患っている病気を治す

近年、多くの病気に共通して「慢性炎症」という、軽度の持続的な炎症状態が病気を悪化させることがわかってきています(図2)。これは、軽度ながら、全身で免疫機能が正常に作用していない状態ですので、異物が侵入してきたときに本来働くはずの免疫が正常に作動しないことがあります。

例えば、糖尿病患者さんは、感染症が起こりやすく、感染症にかかると悪化しやすいことが知られています。実際、ごく最近、新型コロナウイルスの感染者のうち約半数が高血圧や糖尿病、冠動脈疾患を患っていることが報告されました(Lancet March 9, 2020)。

今患っている病気がある人は、それを治すように心がけることで、他の感染症から身を守ることにもつながります。免疫力を高めるのは、長い時間がかかることですが、日々の努力から得られるもの。焦らず、長期的に取り組むことが大切です。

次回以降、免疫が関与する病気について、詳しく解説していきたいと思います。
(※特定の食品が免疫力向上に効く、という誤解を招かないよう、今回はレシピ紹介を省きました)

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