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予防医学としての食を学ぶ

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

食の安全について考える(6)農薬

2023年9月からは「食の安全について考える」というテーマを取り上げています。私たちは日々、食品を食べて生きており、食生活は、住んでいる場所や気候、個人の生活習慣、好き嫌い、経済状況などを反映しています。いかに食の安全を確保するかは、私たちの健康を左右する大きな要因のひとつです。本シリーズでは、食の安全について考え、ご自身の食生活をより豊かにできるよう、情報をお伝えしていきたいと思います。今月は、生体異物のひとつとして農薬を取り上げ、解説します。

【農薬とは】

農薬は、農業の効率化、あるいは農作物の保存に使用される薬剤の総称であり、農業生産の安定や、国民の健康保護、生活環境の保全のため、「農薬取締法」という法律によって、農薬の規格や製造・販売・使用等の規制が定められています。農薬には多くの種類があり、その分類の仕方もさまざまですが、(1)病害虫を防除するために利用される薬剤、(2)農作物の成長を調整する薬剤、及び(3)病害虫の防除のために利用される天敵や微生物、という3種類に大別することができます(図1)。病害虫とは、農作物を害する菌や線虫、ダニ、昆虫、ネズミ、草、その他の動植物、ウイルスを指します。

図1. 農薬の種類

さらに、病害虫の種類などによって用途別に分類することができます(表1)。

表⒈ 農薬の種類と用途(JCPA農薬工業会の資料より)

【農薬の使用目的】

農薬を使う目的は、農業の効率化のためだけでなく、品質の良い農作物を安定的に供給するためでもあります。農作物が病害虫の被害から保護されることにより、収穫量や品質が確保されます。また、雑草を防いだり除去したりするための労働を軽減することにより効率が良くなります。実際、古いデータではありますが、農薬を用いた通常の農作物収穫量を100%としたとき、農薬をしなかった場合の収穫量は、米72%、ばれいしょ69%、トマト61%、キャベツ37%、りんご3%となることが報告されています(一般社団法人日本植物防疫協会「農薬を使用しないで栽培した場合の病害虫等の被害に関する調査」1993年)。

さらに、カビ病菌などに農作物が感染することによって、カビ毒が作られてしまうと、私たちの健康に悪影響をもたらすため、そのようなリスクを低減するという、健康維持を目的としても使われますし、種無しブドウなど、消費者のニーズに応じた農作物の生産にも用いられています。

【農薬の安全性】

農薬は、農薬取締法に基づいて国の登録が必要となっています。以下の観点から、安全性の評価が行われており、農薬開発の際にも考慮されています。

  • 農薬を使用する人の健康への悪影響がないか
  • 消費者が短期的あるいは長期的に摂取することで健康への悪影響がないか
  • 農作物の成長や収穫量・品質に悪影響がないか
  • 土壌や水、大気などの環境汚染がないか、あるいは環境への影響によって動植物への悪影響はないか

また、登録された農薬についての詳細な使用方法が規定されています。単位面積あたり、どれだけの量を使用できるのかという使用量に関する基準、どの農作物に使用できるのか、いつ使用できるのか、どの病害虫に対して使用できるのか、1回の作付けで何回まで使用できるのか、などの使用基準があります。

さらに、ヒトが毎日摂取し続けても、現在の科学的知見から見て健康への悪影響がないと推定される1日当たりの摂取量が決められています。これを1日摂取許容量(ADI:Acceptable Daily Intake)と言います。動物に毎日、長期間与えても悪影響がないことが確認された量の最大値(無毒性量)に、安全係数(1/100)をかけたものをヒトのADI(mg/体重kg/日)としています。

このように、安全性を追求した基準や制度が設けられていますが、これらは現在の科学的な根拠に基づくものです。将来研究が進めば、基準が変わる可能性もあり、完全な安全性を保証することは難しいかもしれません。その例として、WHO(世界保健機関)の専門機関のひとつである国際がん研究機関(IARC)は、2015年に除草剤であるグリホサートをグループ2A「ヒトに対しておそらく発がん性がある」に分類しました。一方で日本では、2017年にグリホサートの残留基準値を大幅に緩和する改正が行われました。改正後の基準値は国際基準を超えるものではありませんが、不安に感じる人は少なくないことでしょう。

【有機農業への関心の高まり】

このような背景を踏まえて、近年、世界レベルで有機農業への関心が高まっています。有機農業とは、(1)化学的に合成された肥料及び農薬を原則使用せず、(2)遺伝子組換え技術の利用などを行わず、(3)農業生産に由来する環境への負荷をできるだけ低減した農業のことを言います。有機農業で作られた農産物には、有機JASマーク(図2)が付いています。有機農産物のほか、有機加工食品、有機畜産物、有機藻類などの規格があり、野菜や米、果実だけでなく様々な有機食品があります。オーガニック食品も有機食品と同じものであり、表示して販売するには有機JASマークが必須です。

図⒉ 有機JASマーク
JASマークは農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本として自然界の力で生産された食品を表しており、農産物、加工食品、飼料及び畜産物に付けられています

有機農業であっても農薬を全く使っていないわけではありません。原則は、化学的に合成された肥料や農薬を使用しないこととされており、すなわち、天然由来の成分で構成されている農薬で、認証されたものであれば、使用することができます。とはいえ、有機農産物は慣行栽培品と比べると手間がかかること、収量が減少することから、慣行栽培品よりも価格が高い傾向にあります。

2011年には1.94万ヘクタールであった国内有機農業の取組面積は、2016年には2.31万ヘクタール、2021年には2.66万ヘクタールに増加しており、過去10年間で約4割拡大しています。この点からも有機農業への関心の高まりが示唆されます(令和6年農林水産省 農産局 農産政策部 農業環境対策課・資料より)。

【まとめ】

今回は、農薬について解説しました。農薬の使用によって、農業の効率化や安定化などの利益が得られ、ヒトへの安全性も十分に考慮されたうえでの使用が規制されています。一方で、なるべく農薬を使わないものを食べたいと考える人も増えており、有機農業への関心が高まっている現状もあります。次回以降、遺伝子組換えやゲノム編集技術と食品について解説します。

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