文化講座
掌の骨董135.ナポレオンが生きた時代の息吹 フランス・メシャムパイプ「ナポレオンの愛馬マレンゴ」: "MARENGO" Le cheval préféré de Napoléon ("マレンゴ" ル・シュヴァル・プレフェレ・ドゥ・ナポレオン)

馬の彫刻のメシャムパイプ

愛馬に乗ることは貴族のたしなみであり、よい運動になります。
私は15年ほど前、一人でヨーロッパの秋から初冬を35日間、好きなように、好きな場所を思い残すことなく旅したことがありました。正確にいえば、11月から12月初頭でした。イギリス、ドイツ、フランスの三国を心行くまで回りました。為替も1ユーロ100円くらいでした。今は国内を回りきれるように計画して、円が高くなったら、また何回かヨーロッパに行こうと考えてます。
暑さを苦手とする私が秋の季節から冬の始まりの季節を選んだのは、もちろん気持ちよい季節に旅したいからです。むしろ寒い時期の方が好きです。
かつて旅をした折に感じましたが、日本人である私にはヨーロッパの季節の移り変わりは比類なく美しいと思われたからです。季節の移り行く変化、特に秋から冬の変化を古き日本人は「あはれ」(情緒・趣・おもむき)と表現し、さらにそこに仏教的な教えである世の無常感「空」という高尚なる美的思想を練り込みながらつくり上げ、より美的な世界に仕上げました。

秋の古城での朝の食事
イブ・モンタンの歌う「枯葉」のフランス語の美しさにも魅了されますが、それは愛する女性との失恋を含めた人生の寂しい想い出をプラタナスや菩提樹、銀杏の枯れゆく変色と姿に託したからにほかなりません。ヨーロッパ人は概ね「枯れ落ちる」もの、枯れたそのものに「美」を感じることはほとんどありませんでした。彼らには美は「若さ」であり、健康に咲き誇る華そのもので、華麗さ、豪華さ、明るさにこそ「美」は宿ると考えたようです。

今も佐伯祐三の世界が残る
明治以降、万博により日本の文化や芸術、「禅」や茶道の「侘び・寂び」を知り、そこから触発されて「枯れゆく美」を発見しました。フランスのガラス工芸作家エミール・ガレが日本の絵画や工芸の中に、「暗い美」あるいは「枯れゆく繊細な美」を見つけ、自作のヒントにしました。彼が白血病を病み、苦しみ、死に近づいていたことも、精神的な「暗さ」に影響したでしょう。

ガレの連載より
そうした旅の中でロンドン郊外コッツウォルズの夕陽に照らされた紅葉の美しさ、ベルリン自由大学の銀杏並木の黄葉の美しさ、ウンター・デン・リンデンの菩提樹の落葉の美しさ、セーヌ川岸辺のプラタナスの落葉はいまだに脳裏に刻まれています。私は北から紅葉前線を南に旅することにより、より紅葉を楽しめるように計画しました。
フランス文学はあまり読みませんでしたが、ビクトール・ユーゴーの世界文学「レ・ミゼラブル」は特に好きな作品です。アレクサンドル・デュマの大作「モンテ・クリスト伯」にも心打つものがありました。共にフランス革命とナポレオンの時代に近い世相を背景に描かれた作品です。モリエールの喜劇も好きですが、ナポレオンからフランス革命の時代、特に「レ・ミゼラブル」の物語が自分にはしっくりしていいです。

馬の部分
さて、今回はナポレオン・ボナパルトの愛馬、1800年のマレンゴの戦いに因んで名付けられた芦毛の馬「マレンゴ(Marengo)」のパイプです。小柄ながら強靭なアラブ種で、ワーテルローの戦いまで愛乗されたといわれます。ナポレオンは他にも多くの馬を所有しておりますが、白馬を好んだことで知られています。

100年以上愛用され、美しく変化したパイプ
メシャムパイプにつきましては、この連載の第9回に詳しく書いてます。若干解説が重なりますが、復習と思い再読ください。
このメシャム(海泡石)パイプを、私はパリで年に2回開催される「バスティーユ骨董祭」に運良く間に合い手に入れました。私はパイプに文化を感じ、集めだしました。
バスティーユ骨董祭はお勧めします。露天よりずっと選ばれた良い物が出ます。5月と11月に行われておりますから、ネットにて確認ください。
私の古美術の師、画家の武田二郎先生は、甲斐の武田家の流れをくむ名家の末裔で、お洒落で粋な方でした。ダンヒルのパイプをくゆらす姿はとても様になっていました。美術全般を教えていただくために、大学受験前から先生の店に通うようになりました。後に私がパイプを好むようになったのは武田先生の影響です。こうして始まった私のパイプ遍歴は、その後、半世紀以上になろうとしています。コレクションも増えてゆきました。その中でも大切にしているのは武田先生が喫っていらしたダンヒルのフィッシュテイルのシェル(黒のサンドブラスト)パイプです。

武田先生にいただいた、よく使い込まれたダンヒル・シェルパイプ。
亡くなるまでお世話になった恩師の形見です。
以前金沢に仕事で行った時に、懇意にしている西洋アンティーク店「フェルメール」に寄り、主人の塩井さんとパイプの話をするのが楽しみでした。

ヨリックの頭蓋骨を持つハムレットの手の使い込まれたメシャムパイプ
私は47歳の時にたばことパイプの吸い過ぎで喘息の症状を呈したため、たばこをやめました。症状はすぐに治まり、体質的な咳であったと後日判明しましたが、喫煙はその時以来きっぱりとやめました。それでもパイプの良いものに巡り会うと血が騒いでしまうのです。そのようなわけで私にとってパイプはもはや実用品ではなくなり、骨董・アンティークに属する観賞品、美術品となったのです。
パイプの楽しみは、葉巻のような、その香りです。そのためブランデーやウイスキーなどを葉にたらして香り付けをしたりして楽しみました。
それと、今回の作品は同じ材質、Meerschaum(メシャム・ドイツ語でメーアシャウム、海の泡の意味。海泡石)のパイプです。素材であるメシャムは、日本では一般に軽い白い鉱物のことで、純白で美しく、原石を数十分水に浸しておくと、スポンジのように水分を吸って軟らかくなり、彫刻などがしやすくなるという特徴をもっています。メシャムは彫刻を施された後に乾燥すると再び硬くなるため非常に便利な素材なのです。その美しさと白い輝きから「白金の石」とも呼ばれます。通常は透明なワックスを2から3回掛けて光沢を出します。このワックスがタバコ燃焼時の熱でメシャムに溶け込み、喫煙時のヤニと共に作用して変色していき、長い期間喫い続けると透明度を増して、美しく濃い琥珀のような深い赤褐色の色合いをパイプに与えるのです。 これが本当に素晴らしくて美しく、私を魅了してやまないのです。
この古い、100年以上喫い続けられたと思われるパイプが現在7本ほど手元にあります。

100年以上使い込まれた、見事なメシャムパイプ「鷲の爪」
彫刻メシャムの歴史は古く、200年以上の伝統があるようです。大切に使い込まれたパイプからは、前の持ち主の愛着がズーンと心に伝わってくるものです。自分もまたその作品を長く大切にしようと思う・・この感覚が私は好きなのです。古美術品も骨董品もパイプも同じ。メシャムは何世代にわたり愛用されてはじめて、深い琥珀色のタールの染み込みが味を出し、何ともいえぬ美しさを楽しませてくれるようになるのです。

今回のナポレオンの愛馬のパイプ。
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