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インターネット公開文化講座

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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董107.鬲(れき)・新石器時代・龍山文化・BC2500~2000年頃


 今回は縄文土器、メソポタミア土器、エジプト土器などと共に古く、あまり詳しく知られていない世界最古級の土器(中国文明)、「鬲」について書いてみたいと思います。

 三足土器であることから、同じ中国古代の「鼎(かなえ)」との類似性を見ることが出来ますが、形から考えれば、鬲は3つの足がふっくらしており造形的で、鼎の方が足が長く、スタイルはすっきりしてきますし、大半が青銅器でもあり、殷(いん・商ともいう)、周、秦の時代の物か漢時代の作品と思います。そこには「饕餮・とうてつ」紋(貪欲で、貪り喰う神)の姿が入り、より宗教性、神秘性が強まるように思えます。
 形は人間が腕を腰にあてたような、豊穣を意味する、豊かな女性の下半身をデフォルメしたような形をしてます。見方によっては、可愛らしい形をしてます。


鬲の足周辺

 そうした形から「⿀」は少し装飾もありますが初期に近く、「⿍」の前⾝的な役割を持った聖なる⼟器であろうと思われます。素材も素焼きの⼟器であり、無⽂でシンプルです。

 もうこの「鬲」を手に入れてから、かなり時間が経ち、いつも身近に置いてあり、チラチラと見てました。今やはっきりした購入時期が分かりませんから、ここでは30年から35年くらい前としておきます。東京有楽町のある業者さんから購入いたしました。数が少ないことから、国立博物館や公立博物館、古代美術を専門に収集する美術館の所蔵になる場合と、個人的、こだわりのあるコレクター的業者さんがお持ちの場合が多いように思います。


縄文翡翠勾玉2個

 私は昔から世界最古の土器を持つ縄文に対する興味が強く、縄文翡翠勾玉や土器など、本連載でも何度か取り上げてきましたが、縄文土器にも火炎土器のように、ギリシャ美術やそれ以前のエジプト様式、あるいはメソポタミア文明をうかがわせる紋様があり、興味深い物があります。遥か地球の反対側に興った初期文明ですが、長い期間、といっても100年くらいの内に古代東西交流ルートを経て日本に伝わるのだと思われますが、悠久の歴史からすればほんの一瞬で伝わったのではないかと推測されます。偶然似た物は生まれません。芸術、文化は模倣により進化、発展して行くからです。


奈良・薬師寺東西三重塔

 3という数の歴史はこれまでに何回か書いてきましたから、長くお読みいただいてます読者の方にはお分かりかと思います。簡単にいえば3という数は古来より「聖数」であり、奇数、特に7・5・3はその代表で、神社での子供の成長を願う「七五三」のお祝いもそこに由来します。仏教でも塔の大半は「三重塔・五重塔・七重塔」です。偶数の塔はありません。特に3は最も大切な数です。聖書のベツレヘムでのキリスト誕生の折りに、マリアに祝福を与えるのは東方の3賢人(博士)でした。エジプトのピラミッドも三角形ですし、今回の「鬲」も三足です。三足は一番安定します。四本以上はなかなか安定しません。三足の椅子は最低限の数でありながら、必ず安定します。またギリシャのアリストテレスの「宇宙論」によりますと、人間の住む世界は「3次元」なのです。天皇は側近二人を含め3人が一組をなします。右大臣、天皇、左大臣です。薬師如来も阿弥陀如来もそれぞれ左右に2菩薩を連れていて、3仏一組です。そのような訳で3は聖なる数とされています。また3は横にしますと「山」という字になり、孫子の兵法に「不動なること山のごとし」と書かれてます。山は一番安定した形とされます。


鬲の内側

 さて「鬲」の延長線上にあります「鼎」に関する諺に「鼎の軽重を問う」というものがあります。辞書によりますと、実力者、支配者の力を問うことで、鼎は帝位を象徴するものとする考えもあるようです。すなわち「帝位を表象」するものであるから、軽重を問うてはならない、とあります。いわれは中国、春秋時代に周王朝が衰えたころ、楚の荘王(ソノソウオウ)が周の使者に、周の宝器「九鼎」の大小や軽重を尋ねたとあります。しかし、それは鼎の譲渡、すなわち王位の譲渡を意味するので、無礼な振る舞いであったとされています。〈出展『春秋左氏伝』より〉ここで注目されるのは、鼎の譲渡が王位の譲渡を意味するということです。


青銅鼎形三足祭器(古代朝鮮三國時代の作品)

 そうしますと鼎の前身であります「鬲」も最も高貴な世界で祭祀に使われた土器と考えられます。博物館の解説には、煮物や蒸すことに使われたとありますが、そうだとしましても、これは「実用」には小さすぎで、むしろ何らかの宗教的祭祀に使われた可能性は高くなります。帝位の表象という表現もまさに高貴な用途、王位のシンボルを思わせているように思えます。

 今回のように、極めて古い時代の作品には、想像力をたくましくすると共に、ロマンを感じ、調べたくなります。購入してから精査したのは初めてでした。今後、火屋の合うものがあれば、香炉として使ってみたいと考えています。


鬲の全体像

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