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インターネット公開文化講座

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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董46.カンボジア バンティ・アイチュマーレ遺跡出土 仏像頭部


仏像頭部

 私は現在猫と暮らしておりますが、前の飼い主さんが病気で飼えなくなり、もらって欲しいとの話がありました。保健所に持ち込むことも考えていたみたいで、それではあまりにもかわいそうだと思い会いに行きました。そこで出会ったのが「大福」こと大ちゃんでした。顔見て即決、いただきます!と決めました。以後大ちゃんとは6年一緒に生活しています。


大ちゃん

 「ねこ可愛がり」という言葉もありますが、どうして猫の話になったかといえば、今回のクメールの神像頭部との出会いが良く似ていたからでした。今年で18年目になりますが、私は名古屋の中日新聞社主催の「中日文化センター」の古美術講座の講師をさせていただいております。第2と第4金曜日に講座があり、もう17年通われている会員さんがおられます。その中日講座の日程とよく合うのが28日の「大須観音骨董市」なのです。この骨董市は大変面白く、朝早く東京を出て、文字通り駆け付けるのですが、そこで出会ったのが今回の「即決・即断」この仏像頭部でした。
 私が懇意にしている後藤さんは、毎月タイやパキスタン、アフガニスタンにでかけて仕入れてくる達人です。時々危ない地域にも行くそうです。その後藤さんの店にあったのが今回の仏像頭部なのです。長年のお付き合いから値段は驚くほど安く、見てすぐ購入しました。
 一見してアンコール・ワットのものですが、後藤さんの話によると最近注目の遺跡、バンティ・アイチュマーレ遺跡出土だというのです。ここもアンコール・ワットの文化圏ですが、アンコールより北西に離れた場所で、近年新たな注目の観光地となっているようです。整備未完であるからこそ遺跡の滅びの美が見受けられるのですが、アンコール・ワットからやや離れた、そこがまだ注目される以前に地元民から数々の手を経て後藤さんに渡ったみたいです。


東洋のビーナス像

 かつてフランスの文化庁長官のアンドレ・マルロー氏が、惚れこんだ女神像をカンボジアから持ち出そうとして空港で見つかった有名な事件がありましたが、持ち出そうとした女神像は後に「東洋のビーナス像」とされたもので、さすがに最高の作品に眼をつけるフランスの文化庁長官のアンドレ・マルロー氏の美的眼力の高さがうかがえる作品です。この事件がクメール美術への注目を一挙に世界に高めたといわれます。


神獣の小壺 存在していない動物は「神獣」といいます。三頭を持った亀のような不思議な作品です。

 私が最初にバンテアイスレイを訪れた時は、その女神像に触れることが出来るくらいにすぐそばまで行けましたが、その事件の後ではまったく遠くからしか鑑賞できないように立ち入り禁止になって、ロープが張られていました。鑑賞者には迷惑な話です。
 カンボジアの遺跡は、長い内乱で傷みも激しく、日本の早稲田大学や上智大学などが整備しておりますが時間と経費の関係でなかなか進みません。まだまだたくさんの遺跡が森に崩壊寸前で放置されているようです。


滅びの美 朽ち行く美しさ、タ・プローム遺跡の神殿

 いまだに旧ポルポト政権の埋めた地雷が調査を阻んでいると聞きます。アンコール・ワット遺跡、アンコール・トム遺跡の近くにタ・プローム遺跡がありますが、そこはまさに滅びの美そのものの遺跡で、素晴らしい崩壊の美しさにあふれています。ガジュマルという熱帯雨林の繁茂する30メートルクラスの大木とその太くなった根の成長によって、遺跡の石の継ぎ目が広げられて崩壊します。遺跡にとってガジュマルの木の根は大敵ですが熱帯雨林の中ではなかなか手の施しようもないのが現状です。カンボジアは雨期が蒸し暑くて大変ですから、旅行には日本の冬1月から2月が一番良い季節といえます。
 アプサラという踊りでも有名ですが、ジャヤバルマン7世時代(生年不詳1218年没)当時カンボジアの女性には美人が多く、素晴らしいレリーフが当時の様子を見せてくれています。もちろんミロのビーナス同様、ある意味で理想化された女性像かもしれませんが、それでもきっとレリーフの女性のような美人が王宮にはいたのでしょう。
 さて今回の頭部は男性ですが、これは如来か菩薩の頭部でしょう。カンボジアの釈迦如来かもしれません。


仏頭

 アンコール近辺の石像は大半が灰色の砂岩からできています。磨いた砂岩もありますが王宮のレリーフは堅く美しい玄武岩などからできています。最大のレリーフは「天地創造の巨大なレリーフ」です。


「天地創造」の一場面

バイヨンの塔の観音菩薩像は巨大で素晴らしいです。
 私は個人的にはプノン・パケンの丘から観る夕陽が素晴らしいと思います。陽が沈んだあと、暗闇から湧き上がるような照り返し。ピンクの照り返しは観たことがない美しさで、かつて講師を務めた地中海クルーズ客船から観たブルーの大気に匹敵する不思議で美しい光景でした。
 しかし何といっても心に残る遺跡は前にも書いた「タ・プローム遺跡」です。滅びの美ともいうべき石造の枯れた美しさ。長い間、カンボジアの雨期の長雨にさらされてきた石造の美しさは他にないものです。それらの神殿の石像を破壊するガジュマルの大木も他にはありません。


タ・プローム遺跡を破壊するガジュマルの大木と根

クメールはまたやきものの素晴らしい美術品を残してくれています。かつて買った黒釉の中型壺を出してみました。細い底部の造形には眼をみはるものがあります。カセて釉薬が剥離している雰囲気は日本の古瀬戸の鉄釉に似ています。


クメール黒釉壺(13世紀から15世紀頃)

私は巨大な神官が身を浄めた「禊池」ならびに蓮の花をアンコール・ワットの池に認めて、これはやはりはるかなるエジプトの宗教(カルナック神殿)の影響を色濃く受けるとともに、仏教、さらに変化したヒンズー教も受け入れてきた、カンボジアの苦難の歴史を感じました。

掌(てのひら)の骨董
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